「羊をめぐる冒険」以降の作品は時々読み返してきたが、デビュー作である「風の歌を聴け」を開くのはずいぶん久しぶり。
1979年発表。初期の作品に共通する「僕」と「鼠」のひと夏の物語で、著者が20代の最後に書いた感傷的な作家宣言とも言える作品。処女作にはその作家の全てが詰まっているとよく言われるが、その言葉通り、冒頭の文章には著者の全ての作品に共通する姿勢が刻まれている。
「今、僕は語ろうと思う。(中略)うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない」
「僕はノートのまん中に1本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右側に失ったものを書いた。(中略)僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。まん中に線が1本だけ引かれた一冊のただのノートだ」
改めて読み、感性と勢いで書いた作品ではなく、遊び心を持ちつつ周到に構成された作品という印象を受けた。断片的な文章の連続で時系列も曖昧だが、全体の展開に飛躍はないし、今読むと従来のリアリズムの範疇から大きく逸脱しているとも言えない。芥川賞候補になった時の選評など、米国小説の強い影響が指摘されてきた作品だが、ただの模倣ではなかったことが、その後の作品群を読むと分かる。
初めて読んだ時、あとがきでも触れられているデレク・ハートフィールドが架空の作家とは思わず、しばらく本屋で探し続けたのも今となってはいい思い出。