平野啓一郎「決壊」
「悪魔」を名乗る人物からのメッセージが添えられたバラバラ死体が各地で見つかる。悪魔は社会からの「離脱」を呼びかけ、無差別殺人が連鎖する。中盤まではミステリー風の物語展開だが、ミステリーに期待するような種明かしは訪れない。過剰な会話など、むしろドストエフスキー的な思想小説。登場人物一人一人の内面を多視点で徹底的に掘り下げていく叙述は最近の作家では珍しい。
基本的には家族の話だが、その描かんとするものは非常に大きい。親子や夫婦、兄弟間の微妙な問題から、社会と個人の関係、さらには幸福は存在しうるかというようなテーマにまで著者の筆は及ぶ。
人は人を殺すことができてしまう。この世界の致命的な“エラー”にどう向き合うか。人は人を理解することができるのか。最後まで読んでも答えは出ないが、この物語は読者にそのことを繰り返し考えるよう強いる。
物語の中心となる兄弟の葛藤に胸を抉られた。穏やかな家庭を築き、一見幸せそうだが、優秀な兄に対して深いコンプレックスを抱える弟。幼い頃から何でもそつなくこなす一方、家族も含めた周囲から「本心が見えない」と言われ続け、自己に倦怠感を抱く兄。「何を考えているか分からない」という思いと言葉は二人を追い詰めていく。