紀伊物語

中上健次「紀伊物語」

 

「大島」「聖餐」の2部構成。物語としては一続きだが、発表時期は5年ほど離れており、作品の手触りも大きく異なる。中上の長編の中では、“路地”の最後という決定的な場面を描きながら、あまり読まれることも語られることも少ない作品。

大島の網元の娘、道子を主人公とした「大島」は、乱暴にまとめてしまえば、気位の高い少女がプレイボーイに惹かれていくだけの話だが、そこに胸を締め付けるような切実さと、中上にしか書けない濃密な空気が漂っている。大島に女郎として売られ、身請けされた後に自分を生んで出奔した母を巡り、中上らしい血の物語が描かれる。

後半の「聖餐」は“路地”に舞台が移り、オリュウノオバの死と路地の解体が描かれる。ホームグラウンドというべき土地で中上の筆の流れは明らかに変わり、一人の少女の物語は、豊穣な神話の一部となる。

中本の血を引く半蔵二世はバンドを組み「マザー、マザー、死のら、死のら」と繰り返す。道子は種違いの兄と交わり、子を宿す。熟れた果実が腐って落ちるように、再開発に伴う終焉の予感の中で路地は壊死していく。

コメントを残す