伊集院静「なぎさホテル」
作家としてデビューする前後の20代後半から30代にかけて「逗子なぎさホテル」で過ごした7年間を随筆風に綴った小説。妻と別れ、会社も辞めて借金にまみれ、宿泊費も満足に払えない若者を家族のように迎えてくれた支配人をはじめとする人々の温かさに、読んでいるこちらも心が安らぐ。この期間の重要な部分を占めただろう夏目雅子との日々についてはほとんど触れられていないが、これは著者の哲学によるものだろう。
著者の作品は色川武大(阿佐田哲也)との日々を綴った「いねむり先生」を以前読んでとても心に残った。無頼な生き方をしてきた人なのに、視線は優しい。でもその優しさは孤独や劣等感、過剰な自意識と背中合わせで、色川作品に通じるまなざしを感じる。毛色はちょっと違うけど、中島らもにも。