前田司郎「夏の水の半魚人」
小学5年生の夏を描いた中編。派手な出来事は何も怒らない、淡々とした文章だけど、ふとした瞬間の興奮、喜び、驚き、いらだち、絶望、妙なこだわり……小学生のころ、こんな感じだった気がして、思わず引き込まれた。
大人になるにつれて人は記憶が増え、一つ一つの出来事とその時の感情へのアクセスは減っていく。だからこそ、大人の書く物語で子供はあまりにも単純な存在になる。でもきっと、子供のころも、稚拙なりに、複雑な思考をしていた。参照する記憶が少ないからこそ、色々な出来事を大きく感じていた。そんな日々は下手なフィクションよりも、本人にとっては力を持った物語だったはず。町田康の解説が良い。