小山田浩子「穴」

2013年下半期の芥川賞受賞作。

語り手の女性は、夫の転勤に合わせて非正規の仕事を辞め、夫婦で田舎町にある夫の実家の隣に引っ越した。姑はややお節介だが良い人で、生活上の不満は何も無い。ただ無職になった引け目が、淡々と続く日常に欠落感をもたらしている。

専業主婦になることを羨ましがる同僚、今も働いている姑、スマホばかりいじっている夫、とらえどころの無い隣人。持てあましてしまうような時間の流れの中で“自分”はどこにあるのだろう。

ある日、道ばたで胸の高さほどの穴に落ちたことをきっかけに、日常は思わぬ方向に転がっていく。20年間も物置で暮らしているという夫の兄と名乗る男性が現れ、現実と非現実の境界が曖昧になっていく。

やや手法としての「非現実」に頼っているような気もするが、平易な言葉で日々の情景を綴りつつ、そこに個々の人間性を埋没させてしまう日常の不条理性を浮かび上がらせる筆は巧み。

併録の「いたちなく」「ゆきの宿」は連作の短編で、こちらは非現実的な出来事はほとんど起こらない。思わせぶりな描写の中に、日常の居心地の悪さが滲む。

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