しあわせの理由

グレッグ・イーガン「しあわせの理由」

「ディアスポラ」に続いて、グレッグ・イーガンをもう一冊。

表題作を含む9編を収録した日本オリジナルの短編集。「ディアスポラ」は物理学や宇宙論の知識が無いと理解できない描写も多かったが、こちらは特定のアイデアや疑問をもとに発展させた作品が中心で、SFになじみのない読者でも取っつきやすい一冊となっている。

なかでも表題作は大傑作。脳の手術で幸せを感じる回路を自由に操作できるようになった青年が主人公で、彼は音楽でも、対人関係でも、対象によって引き起こされる多幸感を設定することで自らの人格を自由に作り上げられる。幸せは脳内物質が作り出した現象に過ぎないのかもしれない。だとするならば“自己”は幻想なのだろうか。

そのほか、人間の脳をソフトウェア化して不死を実現する社会が舞台の「移送夢」や、同じ病にかかった双子の姉妹が、二重盲検を発展させた“三重盲検”の対象となり、それぞれ真薬と偽薬を与えられる「血を分けた姉妹」など、技術が進歩する中で、日常や社会の背後に潜む不安を捉えたものが多い。ミステリー調の「チェルノブイリの聖母」、街中に出現したワームホールから人々を救おうとする「闇の中へ」など、作風も多彩。

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