色川武大の短編集。他の単行本に未収録の作品をまとめたものだが、著者らしいユーモアと哀感に満ちた名篇ぞろい。
厳格な軍人だった父の存在と、成長してから患ったナルコレプシーという病が、著者の作品には影を落としている。
著者が阿佐田哲也ではなく、本名の色川武大で書いた作品は、どれも自身の抱えた屈託を形を変えつつ綴っているだけとも言えるが、読むといつも救われた気持ちになる。苦悩や悲しみのアーカイブを作ることは文学の大きな役割の一つで、そのアーカイブに触れることで個の苦しみは他者への想像力に発展する。
短篇9本の他に、嵐山光三郎と立川談志(電子書籍版は未収録)との対談と、妻の色川孝子氏へのインタビューが収録されている。他者に対して無類の優しさをほこった作家が、家族との関係においては不器用で、その優しさと不器用さのはざまで終生苦しんでいたことが分かる。