わたしが・棄てた・女

遠藤周作「わたしが・棄てた・女」

終戦後間もない東京。大学生の吉岡は、世間知らずな少女、森田ミツと体の関係を結ぶが、田舎臭いミツに嫌悪感を覚え連絡を絶つ。やがて吉岡は就職先の重役の娘と結婚するが、ミツは一途に吉岡のことを思い続けている。

とここまで書けば身勝手な男の姿を描いた通俗小説だが、ミツの人物像が掘り下げられていく中で、物語は哲学的、宗教的な様相を帯び始める。

ミツは他人の苦しみを無視できない。他者の苦しみを、自分の苦しみとして引き受けてしまう。ハンセン病と診断されて隔離病院に行き、その後に誤診と分かるものの病院に戻ることを選ぶ。

ミツは信仰心が篤いわけではないし、宗教的な知識があるわけでもない。自身の苦しみと他者の苦しみの中で神を憎み、否定する。神がいるなら、なぜ罪のない人が苦しまなくてはならないのか。

一方でその生き方は、信仰の本質が架空の絶対者への帰依ではなく、主が示した苦しみの連帯、他者への共感にこそあり、それだけが孤独という地獄から人を救い出せるということを浮かび上がらせる。

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