中上健次「岬」

地虫が鳴き始めていた、の書き出しから続く息苦しいほどの濃密さ。

“路地”では噂こそが現実で、場所の狭さは物語の狭さを限定しない。「枯木灘」に続き、「千年の愉楽」や「奇蹟」へと広がる作品群の無限の可能性を予感させる。

文鳥・夢十夜

夏目漱石「文鳥・夢十夜」

久しぶりに読んだけど表題の二作は鳥肌もの。夢十夜の第一夜、第三夜は何度読んでもぞくぞくする。「永日小品」も素敵な小品集。

世界の放射線被曝地調査

高田純「世界の放射線被曝地調査 ―自ら測定した渾身のレポート」

ルポのようで読み物として面白い。セミパラチンスクなどは有名だが、他にもこれほどの被曝地が地球上にあるというのが結構な衝撃。

「結果を住民に知らせることが調査の基本的ルールである」

今、福島県内に調査に入っている学者や市民団体に聞かせてやりたい。

三陸海岸大津波

吉村昭「三陸海岸大津波」

明治29、昭和8、35年…と繰り返し津波に襲われた三陸の記録。吉村昭の作品にしてはあっさり気味の文章だけど、収録された子供達の作文のためだけでも読む価値がある。

2度の壊滅を経て巨大な防潮堤を築いた田老町だが、今回再び町が消えた。著者が存命なら今何を書いただろう。

葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」

中途半端にきざな文章が鼻について前半は読み進めるのが苦痛だったが、それも含めて大がかりな叙述トリックは見事としか言いようがない。全体的に仕掛けのために物語を組み立てたような不自然さは否めないが、叙述トリックの大傑作。

地下室の手記

ドストエフスキー「地下室の手記」

自意識を主題とした小説は数あれど、19世紀半ばに書かれたこの作品が今読んでも一番現代的。

文庫の帯に「”自意識”の中で世界を嗤う男」「苦痛は快楽である」って書かれてるけどちょっとずれているような。

安部公房「壁」

高校の時以来、10年ぶりくらいに読み返した。不条理なのに、不安や郷愁を感じさせないクールな作品。第3部の「赤い繭」など一連の短編がすばらしい。

“道徳をよそおうことが道徳である”

朽ちていった命 ―被曝治療83日間の記録

NHK取材班「朽ちていった命 ―被曝治療83日間の記録」

99年のJCO臨界事故の、事故そのものではなく被曝医療の記録。染色体が壊れ、徐々に人が“朽ちて”いく様子が克明に記されている。医療現場の凄絶さを感じると共に、人の設計図が壊れてしまった時、どんな技術を持ってしてもなす術がない無力感。