容疑者Xの献身

東野圭吾「容疑者Xの献身」

スリリングで一気に読んでしまった。物語のテンポの良さ、トリック、終盤のたたみかけるような急展開など、一級のエンターテイメント。ただ、いつものことながら、登場人物の行動にちょっとした違和感も。都合の良い場面で唐突に理解を超えたような愛とか執着が出てきて、純愛、泣ける、という評価には、うーん、という感じ。

テロルの決算

沢木耕太郎「テロルの決算」

17歳のテロリストと左派の老政治家。演説会の壇上で山口二矢の短刀が浅沼稲次郎の胸を貫く一瞬まで、二人の人生を丁寧に描いたノンフィクション。

山口二矢の心情だけでなく、“庶民”として戦争協力の道を歩まざるを得なかった苦悩など、浅沼の評伝としても非常に興味深い。

一つの事件を扱ったノンフィクションとしては、これ以上のものは書き得ないのでは。新聞でも何でも、加害者の報じ方の安っぽさと想像力の欠如が、被害者の人生をも貶めている。

獄門島

横溝正史「獄門島」

60年以上前の作品と思えないほど、古さを感じない。トリックはともかく、見立ても伏線も、日本のミステリーやサスペンスのスタイルがほとんど完成されている。

何より、この村社会の陰鬱な雰囲気は他の作家では出し得ない。気ちがいという言葉が繰り返し出てきて時代を感じるなあと思いつつ、その言葉にも仕掛けが。この言葉遊びは現代ではできない。

赤い高粱

莫言「赤い高粱」

抗日戦争の時代を舞台に、中国山東省に生きた一族の物語。幻想的な高粱畑の描写が続く。

マジックリアリズムとは違うと思うけど、スタイルだけではなく、小説全体にガルシア・マルケスのような雰囲気が漂う。ノーベル文学賞の受賞理由に挙げられた“hallucinatory realism”、幻覚的という言葉が確かにしっくり来る。南米と中国の農村にはどこか風土に通じるものがあるのかもしれない。

以前行ったボリビアやペルーの町は、遠くから見ると荒野に築かれた人の巣のように見える。その風景を思い出した。

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

ミチオ・カク「サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か」

フォースフィールド、ライトセーバー、デススター、テレポーテーション、不可視化、念力……SFに出てくる技術が実現可能か、物理学の立場から本格的に考察した一冊。永久機関と予知能力以外は物理法則には反しないとして、実現のための課題を解説している。

ほとんどの技術は莫大なエネルギーをいかに調達し、制御するかの問題につきる。後半になるにつれて科学の門外漢には少し難しくなるけど、とても刺激的な一冊。

通天閣

西加奈子「通天閣」

孤独なおっさんと、捨てられた女。通天閣を挟んで緩やかに交錯するさえない二人の日常。日々に閉じ込められ、狭い視野にとらわれていた二人の視界が最後にぱっと広がり、温かみのある苦笑いをしてしまうラスト。人物も物語も輪郭がとてもはっきりしていて、かつ嫌みがない。通天閣って、実際はそこまで存在感が無いけど、そのさえない優しさがこの物語にふさわしい。

沢木耕太郎「凍」

山野井泰史、妙子夫妻によるギャチュンカン北壁登攀の記録。

下山時の細かな描写が圧巻。悪天候につかまり、吹雪、雪崩、宙づり、岩壁に張り付いてのビバーク、そして疲労の中、徐々に視力が失われていく。
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ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年

奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年」

出生直後に病院で取り違えられた二人の少女とその家族の17年にわたる克明な記録。

血液検査がきっかけで取り違えが発覚した後、両家族は小学校入学を目前に再び子を交換する。6年の月日は重く、子供たちは実の親にも新しい環境にも馴染めず、互いの家庭を行き来する不安定な交流が続く。
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