ふたり 皇后美智子と石牟礼道子

高山文彦「ふたり 皇后美智子と石牟礼道子」

2013年の水俣訪問を中心に、他者の悲しみに感応する「もだえ神」としての天皇皇后と石牟礼道子の姿を描く。

著者の北条民雄や中上健次の評伝が素晴らしかったので、そのレベルを期待していたら、ちょっと期待とは違う内容だった。水俣病闘争史に関しては「苦海浄土」の第二、第三部や渡辺京二の著書をもとに書かれた部分が多く、石牟礼道子という存在に対しても、取材者として踏み込むというより、友人としての描写にとどまっている。ただそのぶん人柄が伝わってくる貴重な一冊でもある。
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タダイマトビラ

村田沙耶香「タダイマトビラ」

子に無関心な母親のもとで育ち、カーテンに包まれるという家族欲を満たすための自慰行為「カゾクヨナニー」にふける少女。成長して“本当の家”を作るパートナーを見つけたと感じたのもつかの間、その相手も家族欲を満たすためだけに自分を求めていると気づき、家族欲そのものがない世界こそが本来の姿だと悟る。世界が崩壊していくようなラストはかなりダークだが、個人的には、重いというよりやや安っぽい印象を受けてしまった。それまでの抑制的な筆致の方が恐ろしい。

若い読者のための短編小説案内

村上春樹「若い読者のための短編小説案内」

ガイドというより、それぞれの作品をどう読むかということを作家としての立場から綴ったエッセイ。すぐれた書評・読書案内であると同時に、読み物としても面白い。 “純文学”をどう楽しむか。「仮説を立てて読む」ということの喜びが冒頭に書かれている。仮説というと大げさに聞こえるが、確かにその通りで、それが可能なだけの奥行きを持つかどうかが、ただの散文か文学かの境目だろう。
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GOTH

乙一「GOTH」

 

猟奇的な殺人に興味のある少年と少女の物語。主人公の少年が、自分が異常=特別という幻想に囚われていて、いわゆる中二病をくすぐる設定。大人として読むとそれは稚さとして気になってしまうが、中学生くらいで読んでいたらはまったかも。

オランダ風説書

松方冬子「オランダ風説書 ―『鎖国』日本に語られた『世界』」

長崎のオランダ商館が幕府に提出していた風説書。幕府が国際情勢をどう捉えていたのか、江戸時代の国際感覚を知りたいと思って手に取った本だが、実際には風説書の影響は限られていたという。
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イスラーム国

アブドルバーリ・アトワーン「イスラーム国」

ISの成り立ちは『テロリストが国家をつくる時』が分かりやすかったが、この本はそうした内容に加えて、近代以降の欧米とアラブ諸国の外交や、アラブの春以降の各国内部の事情などが独自の情報も交えて詳しくまとめられており、現在の中東情勢を俯瞰する良書。ISの掲げる「カリフ制国家の再興」という目標が決して時代錯誤な狂信的なものではなく、残虐性のPRもよく計算されたものだということが分かる。ワッハーブ派とサウジアラビアの関係から、アフガン紛争、ジハード組織の拡散あたりまでは多くの本に書かれているが、イラク戦争以降はまだ体系的にまとめた書物が少なく、日本での報道も散発的なため勉強になった。
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青春を山に賭けて

植村直己「青春を山に賭けて」

植村直己の自伝。 今さらながら手にとって、予想以上に面白くてびっくり。アメリカやヨーロッパで肉体労働をしながら資金を稼ぎ、モンブランやキリマンジャロへ。アコンカグアの後にはアマゾンを筏で下る。旅や登山の商業パッケージ化が進む前の冒険物語で、読んでいてわくわくする。
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サンダカン八番娼館

山崎朋子「サンダカン八番娼館」

南洋で春をひさいだ“からゆきさん”の聞き書き。

精神的に鎖国しているような戦後の日本に暮らしていると忘れそうになるが、ほんの70年前まで、夥しい数の日本人が、満州から南洋、果ては遥かアフリカや南米まで出稼ぎのため海を渡った。女性史研究を志す著者は、天草の地でボルネオ・サンダカンの娼館で働いていたというおサキさんと偶然出会い、3週間同居して話を聞き出す。

売春を底辺と言い切り、貧しい、悲惨と連呼する観察者視点や、身分を偽っての取材は(結果オーライだったとしても)今読むとかなり違和感があるが、消え去るはずだったからゆきさんの声が後世に残ったことは大きな価値がある。貧しさから10歳で身を売り、異国で一晩に多い時は30人の男を相手にする生活。敗戦後、故国に帰っても居場所はなく、身内からも社会からも恥部として隠される。

大学時代に訪れたザンジバル(タンザニア)にもからゆきさんの娼館が残っていて驚いたが、今やザンジバルの名すら知らない日本人が大多数だろう。