ミャンマーの柳生一族

高野秀行「ミャンマーの柳生一族」

軍政を幕府、軍情報部を柳生一族に例えた異色の旅行記。船戸与一の取材旅行に同行してミャンマーに入った短い期間のものだが、何でもエンターテイメントに仕上げてしまう著者の力技に感動。アウンサンスーチー率いるNLDと軍政の対立について、民主化運動と単純に捉えるのではなく、少数民族側の視点でお家騒動に過ぎないとするあたり、結構鋭い指摘も。船戸与一の泰然自若ぶりも面白い。

共喰い

田中慎弥「共喰い」

古風だが、いわゆる擬古的なものではなく、著者にとってはこれが自然だったのだろうと思える作品。性と暴力の象徴ともいえる父との葛藤や、土地の匂いを感じさせる言葉は中上健次を彷彿とさせる。「枯木灘」くらいの分量があると強烈な作品になったと思う。ちょっと短かい印象。

道化師の蝶

円城塔「道化師の蝶」

円城塔の作品は、よく分からんけどいい感じ、という不思議な魅力がある。他の著者の前衛的と言われる難解な作品と比べ、構造への強い意志が感じられる。自ら受賞の言葉で示唆しているように「複雑系」の構造と部品を楽しむ小説か。

すべて真夜中の恋人たち

川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」

文体先行の印象が強かったこれまでの作品からは意外なほどストレートな恋愛小説。真夜中、光、というキーワードをちりばめた物語と文章が美しい。

初老の物理教師と“冬子さん”。読んでいて「センセイの鞄」がちらついて仕方なかったが、最後まで読むとそれなりに別物。衰えつつある男性と未成熟な大人の女性というのは、現代の恋愛小説の定番の一つになるのかもしれない。

高野聖

五来重「高野聖」

勧進を通じて日本仏教の底辺を支えた聖。知識不足で理解しきれない部分も多々あったが、現在は真言密教のイメージしか無い高野山が念仏と浄土信仰の場だったことや、西行の高野聖としての側面(こちらが本質かもしれない)など、教えられる点が多かった一冊。聖地にも、というより、聖地だからこそ、語られなかった歴史が多くある。

優雅で感傷的な日本野球

高橋源一郎「優雅で感傷的な日本野球」

ポップに解体された物語。野球を通じて野球以外のものを語っている? いろいろ解釈できそうなのに、解釈する気を起こさせない。この物語には何もない、と思う。最近の前衛的と言われる作品よりはるかに過激。

ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死

石井光太「ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死」

土葬が原則のイスラム教徒など、在日外国人が亡くなると遺体はどうなるのだろう。結婚、風俗、宣教、医療など、同じ日本で暮らしているのに、その生活についてほとんど知らないことを思い知らされる。彼らの生活と、その他大多数の日本人の間には、エンバーミングを担う葬儀社などわずかな接点だけが存在し、互いに孤絶している。

ビブリア古書堂の事件手帖

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖 ―栞子さんと奇妙な客人たち」

いわゆる安楽椅子探偵ものだけど、ミステリと呼べるほどの謎はない。ただ随所に本の知識が出てきて楽しいし、先が気になって一気に読めてしまう。本好きにとっては、本屋とか古書店が舞台というだけで魅力的。世界観だけで、続きも読みたくなる。

ふしぎなキリスト教

橋爪大三郎、大澤真幸「ふしぎなキリスト教」

キリスト教というより、ユダヤ教から始まる一神教入門。

人間中心に世界を見る多神教に対し、人間から完全に隔たった神が中心の一神教。神の意志が捉えられないからこそ続く問いかけ。それこそが信仰で、教祖の言葉が全てとなりやすい新興宗教との大きな違いだろう。
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イニシエーション・ラブ

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」

冒頭から安っぽくて甘々な恋愛小説がずっと続いてちょっときついけど、最後の2行で、ほう、となる。この仕掛けがすべて。

物語そのものには特筆すべきものは何もないが、改めて細部を振り返ると、非常に良くできている。叙述トリックは、そればっかりだと食傷気味になるけど、たまに読むとやっぱり楽しい。静岡が舞台というのが小説では結構珍しく、新鮮。