人形はなぜ殺される

高木彬光「人形はなぜ殺される」

明智小五郎、金田一耕助とともに日本三大探偵といわれる神津恭介。警察にも頼られる天才探偵とワトソン役の推理作家という設定は今読むと古風だが、鮮やかなトリックは60年前の作品ということを全く感じさせない。

多くのミステリーで人形が殺される時、それは見立てに過ぎず、物語の飾りでしか無い。この作品では、「人形はなぜ殺される」のタイトル通り、人形殺しが完璧なトリックの一部として示される。

私が殺した少女

原尞「私が殺した少女」

ハードボイルド探偵ものの名作。直木賞受賞作。天才少女の誘拐事件に巻き込まれて――。ラストは意外性があるが、それよりも過程を楽しむものだろう。窮地でも必ず飛び出す探偵沢崎の減らず口が小気味良い。このジャンルはチャンドラーくらいしか読んだことがないけど、 たまに読むとやっぱり面白い。

向日葵の咲かない夏

道尾秀介「向日葵の咲かない夏」

自殺したクラスメイトを巡る物語。予備知識無しで読み始めたら、ファンタジー? ホラー? ミステリー? と二転三転する話に引き込まれて、一気に読了。一種の叙述トリックだけど、あっと驚くタイプのネタ明かしではなく、どんどん気分が沈んでいって、複雑な気持ちの残るラスト。

戻り川心中

連城三紀彦「戻り川心中」

短編ミステリーの金字塔と言われるだけあって、見事な完成度。詩情豊かで流麗な文章。五編とも花にまつわる話で、特に歌人を主人公に据えた表題作が美しい。トリックや動機は少し大味かもしれないが、それを叙情的な文章と構成が飲み込んで不自然さを感じさせない。

麻耶雄嵩「螢」

定番の“嵐の山荘”もの。叙述トリックが大きく二つ仕掛けられていて、かなり凝った作り。一人称と三人称を混在させる文体が違和感があって、一つ目の仕掛けは多くの読者が気付いてしまうだろうけど、そこからもう一発。ただ凝りすぎていて、かえって驚きは少ないかも。トリックを抜きにしても、充分スリリングで面白いけど。

孤島パズル

有栖川有栖「孤島パズル」

直球の孤島もの。話しの進め方、手がかりの出し方が絶妙で、それほど犯人当てに興味が無い自分のような読者でも、ついつい考えこんでしまう。パズルというタイトルが表しているように、トリックよりロジック。驚きは無いが、引き込まれる。

開幕ベルは華やかに

有吉佐和子「開幕ベルは華やかに」

「一の糸」や「紀ノ川」といった作品の一方で、こうしたミステリー風の作品も書いてしまう有吉佐和子の多才さに驚かされる。といってもミステリー要素はおまけで、あくまで商業演劇の舞台裏を描いた人間ドラマ。東竹、松宝、中村勘十郎、八重垣光子と、モデルがはっきりしているのも面白い。大御所ふたり、勘十郎と光子は舞台裏でバチバチやりあいながら、芸の上ではお互いを信頼している。その描写が緊張感あふれ、胸を打つ。有吉佐和子は芯のある人を描かせると比類ない。演劇ファンにお勧めの一冊。

殺戮にいたる病

我孫子武丸「殺戮にいたる病」

これぞ叙述トリック!というような巧みなミスリード。読み手を騙すという一点に向けて物語が進む。犯人の名前も、犯行の様子も描かれているのに、想像力の盲点を突かれてしまう。読み手と犯人ではなく、読み手と語り手の知恵比べ。

ただ殺人の描写がグロテスクすぎて人には薦めにくいし、物語そのものは本格的な推理小説を求める人には物足りないかもしれない。あっと驚かされたい人は是非。

文福茶釜

黒川博行「文福茶釜」

古美術、骨董を巡る騙しあいを描いた短編集。“だまされた方が悪い”という、究極のエンターテインメントとも言える世界。贋作の技術や初出しの手口など、刺激的で、なかなか勉強になる。短編ながらしっかりオチが付いていて、読んだ満足感も高い。いかにもな推理小説臭が無く、乾いた大阪弁も気持ちがいい。何となく手に取った一冊だけど、予想外の面白さ。