疑惑

松本清張「疑惑」

保険金殺人の容疑者の悪女っぷりを紙面で書きたてた記者が、無罪判決が濃厚になる中で、復讐を恐れて追い込まれていく。推理小説というほどの仕掛けは無いが、ストーリーテリングの見事さで最後の一行まで緊張感が漂う。

併録の「不運な名前」は藤田組贋札事件についての歴史もの。小説の形をとっているが、薩長の対立や贋造技術についての考察が延々と続くマニアックな作品。「疑惑」と“悪そうな名前を持ったせいで犯人扱い”という共通点があるが、ジャンルとしては松本清張の両極ともいえるほど別の作品で、不思議な組み合わせ。

蛍の森

石井光太「蛍の森」

ハンセン病に対する苛烈な差別を正面から描いた石井光太の小説。一歩間違えばただ悪趣味なだけになってしまいかねない題材だが、四国の山中にあったカッタイ寺を舞台に、療養所に隔離されることを拒み、社会から姿を消したことで歴史に残らなかった存在を蘇らせることに成功している。
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儚い羊たちの祝宴

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」

ミステリーというよりもホラーの連作短編集。「ラスト一行の衝撃」という帯は少し大げさだけど、各編とも終盤で登場人物の歪みが明らかにされて、途端にホラー作品になる。この著者の作品を読んだのはこれが初めて。衒学的なライトノベルって感じの文章で、巻末の参考文献に中野美代子の名前があって納得。

容疑者Xの献身

東野圭吾「容疑者Xの献身」

スリリングで一気に読んでしまった。物語のテンポの良さ、トリック、終盤のたたみかけるような急展開など、一級のエンターテイメント。ただ、いつものことながら、登場人物の行動にちょっとした違和感も。都合の良い場面で唐突に理解を超えたような愛とか執着が出てきて、純愛、泣ける、という評価には、うーん、という感じ。

獄門島

横溝正史「獄門島」

60年以上前の作品と思えないほど、古さを感じない。トリックはともかく、見立ても伏線も、日本のミステリーやサスペンスのスタイルがほとんど完成されている。

何より、この村社会の陰鬱な雰囲気は他の作家では出し得ない。気ちがいという言葉が繰り返し出てきて時代を感じるなあと思いつつ、その言葉にも仕掛けが。この言葉遊びは現代ではできない。

犯罪

フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」

「犯罪者」の人生を描く連作短編集。哀しみ、希望、不気味さ、いろいろな要素があるけど、情景描写がほとんど無く、多くの人の人生を淡々と語っていくその文章の速度に引き込まれる。久しぶりに海外の短篇集で本当に面白いと思った。登場人物に移民がたくさん出てきて、非常に現代ドイツ文学らしい作品でもある。

ビブリア古書堂の事件手帖

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖 ―栞子さんと奇妙な客人たち」

いわゆる安楽椅子探偵ものだけど、ミステリと呼べるほどの謎はない。ただ随所に本の知識が出てきて楽しいし、先が気になって一気に読めてしまう。本好きにとっては、本屋とか古書店が舞台というだけで魅力的。世界観だけで、続きも読みたくなる。

イニシエーション・ラブ

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」

冒頭から安っぽくて甘々な恋愛小説がずっと続いてちょっときついけど、最後の2行で、ほう、となる。この仕掛けがすべて。

物語そのものには特筆すべきものは何もないが、改めて細部を振り返ると、非常に良くできている。叙述トリックは、そればっかりだと食傷気味になるけど、たまに読むとやっぱり楽しい。静岡が舞台というのが小説では結構珍しく、新鮮。

アヒルと鴨のコインロッカー

伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」

ミステリとしては不自然さも残るが、構成が巧くて最後まで一気読み。

本屋襲撃にペット殺し、“3人の物語”に途中参加した僕が戸惑うように、読んでいるこちら側も翻弄される。青春小説としても良い感じ。