葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」

中途半端にきざな文章が鼻について前半は読み進めるのが苦痛だったが、それも含めて大がかりな叙述トリックは見事としか言いようがない。全体的に仕掛けのために物語を組み立てたような不自然さは否めないが、叙述トリックの大傑作。

地下室の手記

ドストエフスキー「地下室の手記」

自意識を主題とした小説は数あれど、19世紀半ばに書かれたこの作品が今読んでも一番現代的。

文庫の帯に「”自意識”の中で世界を嗤う男」「苦痛は快楽である」って書かれてるけどちょっとずれているような。

安部公房「壁」

高校の時以来、10年ぶりくらいに読み返した。不条理なのに、不安や郷愁を感じさせないクールな作品。第3部の「赤い繭」など一連の短編がすばらしい。

“道徳をよそおうことが道徳である”

ハーモニー

伊藤計劃「ハーモニー」

フーコーの生権力なんかを念頭に、単純なディストピアではなく、読み手の世界観を問う作品。

設定の細かさの一方、テーマはやや消化不良な気もする。理詰めの作家だけに、生きて長編を書き続けていれば相当なものを残していたかもしれないのが残念でならない。

紫苑物語

石川淳「紫苑物語」

美文で知られる石川淳だが、この時期の文章が一番美しいかもしれない。日本語の小説としては一つの完成形だろう。物語があってそれを伝えるために言葉があるのではなく、言葉と物語が一体となった文章を書く希有な作家。

楢山節考

深沢七郎「楢山節考」

長寿が恥とされる村社会。棄老などの風習は他にもっと詳しく記録したものがあるが、小説でなければこのすごみは出せないだろう。

「おっかあ、雪が降って運がいいなあ」が泣ける。

放浪記

林芙美子「放浪記」

要は日記だから内容は面白くないけど、文章が素晴らしい。極貧の生活を嘆きながらも、生き生きと鮮やかな描写がそこかしこに。

“弱き者よ汝の名は貧乏なり”

わたしを離さないで

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」

設定も登場人物の行動も非現実的だけど、強く引き込まれる。悲劇的な設定とか後半の泣かせる展開はおまけと言っても過言ではない。子供時代を描いた前半、物語の種明かしを劇的にせず、徐々にさらっと流していくあたりが絶妙。

すばらしい新世界

オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」

人間の出生すら管理されるようになった社会を描いたディストピア小説。

「最大多数の最大幸福」の醜悪さ。

今読むとちょっと冗長に感じるけど、今から約80年前、「1984」より17年前の作品というのは驚き。フォードが神で、十字架がT字架に変わったなどの設定も秀逸。

日輪の翼

中上健次「日輪の翼」

久しぶりに読み返した。中上作品の頂点は「枯木灘」、「千年の愉楽」、「奇蹟」あたりだと思うが、この作品がなぜか強く心に残っている。

トレーラーで旅する7人のオバの物語。全体にも細部にも難があるけど、有無を言わせない説得力がある。

“おうよ、わしら、クズじゃだ。チリ、アクタじゃだ”