崩れ

幸田文「崩れ」

まるで非常に重いテーマの小説かのようなタイトルだが、「崩れ」は比喩ではなく、そのまま。

大谷崩れから有珠山まで、各地の地崩れを憑かれたように見て歩いたエッセイ。
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夏の闇

開高健「夏の闇」

日本でもベトナムでも無い異国の地で、眠り、食、性の描写が続く。

ベトナムが舞台だった「輝ける闇」より文体や思考は濃密になっているのに、そこには生の実感と呼べるようなものがほとんど無い。現実の近さを取り戻すためには、ベトナムに戻るしかないのだろうか。
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高野聖

五来重「高野聖」

勧進を通じて日本仏教の底辺を支えた聖。知識不足で理解しきれない部分も多々あったが、現在は真言密教のイメージしか無い高野山が念仏と浄土信仰の場だったことや、西行の高野聖としての側面(こちらが本質かもしれない)など、教えられる点が多かった一冊。聖地にも、というより、聖地だからこそ、語られなかった歴史が多くある。

水の女

中上健次「水の女」

中上健次は同じような構造、テーマの作品を繰り返し書いた。土地に漂う匂い。理不尽な衝動。動物的な、自我が希薄にさえ思える性描写。紀州の路地とその周辺を舞台とした作品群は、この短篇集に収められたものを含め、狭く小さな話でも、どれもが神話的な色彩を帯びている。

糸とはさみと大阪と

小篠綾子「糸とはさみと大阪と」

コシノ家のお母ちゃんの自伝。戦前戦後を生き抜き、一時代を築いた女系家族の年代記として、服飾史に興味が無くても面白い。文章は淡々とした丁寧語だが、所々に熱い思いとデザイナーとしての自信、温かな人柄が滲む。

優雅で感傷的な日本野球

高橋源一郎「優雅で感傷的な日本野球」

ポップに解体された物語。野球を通じて野球以外のものを語っている? いろいろ解釈できそうなのに、解釈する気を起こさせない。この物語には何もない、と思う。最近の前衛的と言われる作品よりはるかに過激。

さらば雑司ヶ谷

樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」

帯にも書かれているようにタランティーノを彷彿とさせるオマージュ、コラージュに富んだ世界観。次々と人が死ぬ展開もぶっ飛んでいて、読後感も、小説を読んだと言うよりスピード感のある漫画やB級映画を見終わった感じ。ジャンルを問わなければ別に新しさは無いけど、小説としては結構新鮮。

ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死

石井光太「ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死」

土葬が原則のイスラム教徒など、在日外国人が亡くなると遺体はどうなるのだろう。結婚、風俗、宣教、医療など、同じ日本で暮らしているのに、その生活についてほとんど知らないことを思い知らされる。彼らの生活と、その他大多数の日本人の間には、エンバーミングを担う葬儀社などわずかな接点だけが存在し、互いに孤絶している。

ビブリア古書堂の事件手帖

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖 ―栞子さんと奇妙な客人たち」

いわゆる安楽椅子探偵ものだけど、ミステリと呼べるほどの謎はない。ただ随所に本の知識が出てきて楽しいし、先が気になって一気に読めてしまう。本好きにとっては、本屋とか古書店が舞台というだけで魅力的。世界観だけで、続きも読みたくなる。