現代語訳 般若心経

玄侑宗久「現代語訳 般若心経」

般若心経大本の現代語訳だが、訳というより解説を加えた一つの作品。著者は臨済宗の僧侶だが、現代的な感覚に基づいた説明で理解しやすい良書。

「色不異空」「色即是空」は日本的な感覚でも共感しやすいが、それに続く「空不異色」「空即是色」をどう捉えるか。そこに諦観にとどまらない大乗仏教の核が詰まっているように思う。

ふしぎなキリスト教

橋爪大三郎、大澤真幸「ふしぎなキリスト教」

キリスト教というより、ユダヤ教から始まる一神教入門。

人間中心に世界を見る多神教に対し、人間から完全に隔たった神が中心の一神教。神の意志が捉えられないからこそ続く問いかけ。それこそが信仰で、教祖の言葉が全てとなりやすい新興宗教との大きな違いだろう。
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ポトスライムの舟

津村記久子「ポトスライムの舟」

仕事で小金を稼ぎながら、日々の細々とした生活に追われ、なぜこんなことをしているのか、その問いには答えが無いからこそ、それ以上考えない。働くことをテーマにした小説は基本的に好きじゃないけど、物語の彩りの無さ、主人公の生気の無さが逆に好感が持てる。文庫の裏表紙には「働くことを肯定したくなる小説」って書いてあるけど、それはちょっと違うだろう。

イニシエーション・ラブ

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」

冒頭から安っぽくて甘々な恋愛小説がずっと続いてちょっときついけど、最後の2行で、ほう、となる。この仕掛けがすべて。

物語そのものには特筆すべきものは何もないが、改めて細部を振り返ると、非常に良くできている。叙述トリックは、そればっかりだと食傷気味になるけど、たまに読むとやっぱり楽しい。静岡が舞台というのが小説では結構珍しく、新鮮。

インディヴィジュアル・プロジェクション

阿部和重「インディヴィジュアル・プロジェクション」

数年前に一度読んだはずだが、印象も内容もまったく記憶に残っていない。久しぶりに読んでみると、意外なほど面白い。

スパイ塾、事故、殺人、ヤクザ、プルトニウム…、読み進むにつれ、どこまでがこの物語の中の「現実」で、何が主人公の記憶の錯綜なのか分からなくなってくる。最後まで読むと、どっちでもいいやという気持ちに。不思議な読後感だが、悪くない。良い意味で“B級純文学”と言えるかもしれない。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」

無茶苦茶、面白い。史上最強と言われる木村と、その名声を地に落とした力道山、木村の師の牛島辰熊、弟子の岩釣兼生の物語を軸に、日本の格闘技史を貫くノンフィクション。

強さを求めた「鬼」たちの歴史は下手な小説よりもよっぽど劇的で、格闘技に全く興味の無い自分でも引き込まれる。著者の木村への溢れるような思いと迷い。結局、これもひとつの偽史かもしれないが、これほど魅力のある歴史があるだろうか。2段組700ページがあっという間。

Self-Reference ENGINE

円城塔「Self-Reference ENGINE」

時間が壊れた世界を描くSF長編(短編連作)。時間軸と共に物語も拡散し、難解と言うよりも煙に巻かれた感じ。個々のエピソードや文章には気の利いたユーモアが溢れ、ところどころ非常に面白い。ボルヘス、安部公房、小松左京あたりを混ぜたような雰囲気がある。

旅行人

「旅行人165号 世界で唯一の、私の場所 《休刊号》」

一つの時代の終わりといっても大げさではないだろう。この雑誌が無くなってしまうのは本当に本当に寂しい。

最後の特集はライター、写真家、人類学者…etcのエッセイ集。どれも短いけど、それぞれの土地への思い入れが伝わってくる。

もちろん、この世に桃源郷なんてものは無いし、旅行者のセンチメンタリズムに過ぎないかもしれない。それでもそういう場所を持てる、世界には素敵な場所がたくさんあると思えるだけで、ずいぶんと幸せな気持ちになれる。
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天皇家の財布

森暢平「天皇家の財布」

天皇家と皇族でお金がどのように使われているのか。

公的な宮廷費と私的な内廷費、その曖昧な使い分けと憲法解釈で政教分離など様々な課題をクリアしていることなど、なかなか面白い。親王と内親王の教育費の出所、天皇と皇后の入院費用の出所がそれぞれ宮廷費、内廷費と分けていることなど、現代の感覚からすれば逆に問題があるんじゃないかと思うことも。

皇族費がどのような基準で配分されているかや、献上、賜与の上限額なども、細かな点ながら勉強になる。

砂の本

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「砂の本」

無限のページを持つ「砂の本」。難解と言うよりも、まさに、迷宮のようと言ったほうがふさわしいボルヘス晩年の短篇集。物語は難しくないのに、自分の立ち位置が分からなくなるような。表題作と冒頭の「他者」が素晴らしい。