夏の朝の成層圏

池澤夏樹「夏の朝の成層圏」

現代の、というより、二十世紀のロビンソン・クルーソー。デビュー作だけあって荒削りながら、文明観や書くという行為への姿勢など著者自身のすべてが刻印されている。

文明の外を指向しながら、あくまで都市生活者という視点。それが成層圏という言葉に表される瑞々しい浮遊感を生んでいる。

女の民俗誌

宮本常一「女の民俗誌」

「平凡だが英知にみちた生活のたて方がもっと掘り起こされてよいように思う」

日本列島の無文字社会を丹念に記録した宮本の膨大な著作から、女性に関する文章を集めたもの。

生きることへの敬意といたわりに満ちたまなざし。母処婚や姉家督制度の話からは日本社会の多様性も浮かび上がる。最後に収録された母に関する文章も美しい。

恋する原発

高橋源一郎「恋する原発」

予想以上に不謹慎、想像以上にカオス。震災チャリティーAVを巡り、原発、宗教、天皇、北朝鮮に始まり、ディズニー、AKB、けいおん……、今ぱっと思いつく限りの「批判できない空気」があるテーマをエログロ交えて書き荒らす。

十年後、二十年後まで残っているような名作とは思わないけど、面白い。こういう作品が出せるのが文学や小説の懐の深さだろう。

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

河北新報社「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」

あの時、宮城や福島にいた記者が何を感じ、どう動いたのか。取材する記者一人一人も、人間で、被災者で、でも取材者と取材対象者は決して同じ立場ではない。

少しでも多くの人に読んで、自分ならどうするか想像してもらいたい記録。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

開沼博「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」

地方が自発的、自動的に中央に服従し、原発を抱きしめていく歴史。それを説明するには財政だけでなく、文化的、心情的な側面にも触れなくてはならない。原発推進派も反対派も語ることがない立地地域の実情を丁寧に追っている。

福島、それも原発に近い地域に住んだことがある人間なら、ここに書かれていることは当たり前で目新しさは無い。原発事故前に書かれた修士論文がもとで、地方を「植民地」と位置づける考察も単純すぎる気がするが、今だからこそ多くの人に知ってもらいたい現実。

倒壊する巨塔 ―アルカイダと「9・11」への道

ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 ―アルカイダと『9・11』への道」

アルカイダのトップ、ビンラディンとザワヒリの人生を幼年時代から追いながら、同時多発テロに至る過程を描く。

イスラム原理主義の誕生から、土建屋の空虚な熱情が先鋭化し、ジハードとしてアメリカに標的を絞るまで。人物に焦点を当てることでハンチントンの「文明の衝突」のような粗雑な理解とは対照的な9・11への道を浮き彫りにしている。
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「本屋」は死なない

石橋毅史「『本屋』は死なない」

全国のユニークな書店員の話を聞いて回ったドキュメント。著者は専門紙出身だけあって、出版流通業界の現状や課題に触れつつ、電子書籍に無限の可能性を見たり、紙に文化の本質を置いたりということはない。

本屋が出版文化の興隆に果たした役割がよく分かるし、棚作りの工夫など、本屋好きにとっては読み物としても大変面白い。
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M/D ―マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究

菊地成孔、大谷能生「M/D ―マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究」

圧倒的な分量。講義録だけど、明らかに加筆しまくったと分かる、くどく(ほめ言葉)、濃密な文章。

アンビヴァレンス、ミスティフィカシオン、戯画的なポップさ、革命家ではなくモードチェンジャー、スターへの憧れ、飽きっぽさ。
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