よしもとばなな「ジュージュー」
下町のステーキハウスをめぐる人間模様。書かれている内容は決してほのぼのとしているわけではないのに、あたたかい空気が漂う。現実の生臭さは巧みに消され、じゅーじゅーと焼かれる肉の音とにおいが作品世界に満ちている。大人向けのおとぎ話という感じ。
読んだ本の記録。
木皿泉「昨夜のカレー、明日のパン」
夫婦作家、木皿泉の連作短編。夫の死後、ギフ(義父)と暮らす女性の話を始め、何気ない日常が鮮やかに描かれる。
たとえば、死期が迫る夫の病室からの帰り、焼きたてのパンの香りで、悲しみの中にも幸せは存在し得るし、幸せの中にも悲しみはある、と思う場面。「悲しいのに、幸せな気持ちになれるのだと知ってから、テツコは、いろいろなことを受け入れやすくなったような気がする」。幸せや不幸せという言葉にあまり囚われないようにと、読んでいるこちらもしみじみと感じる。
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フェルディナント・フォン・シーラッハ「テロ」
注目の作家シーラッハの初戯曲。誰かを助けるために、誰かを犠牲にすることは許されるか。「トロッコ問題」などで知られる古典的な問いかけだが、テロの時代である現代、それは思考実験ではなく、現実の問題になりつつある。
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白洲正子「西行」
西行の評伝。後半からはゆかりの地を訪ねる紀行文の色が強くなる。西行は歌を詠みながら日本各地を漂泊した。武士でありながら出家し、そしてなお俗世への思いも捨てきれない。自分の欲望を持てあましつつ、それを受け入れて生きる。大変人間的な人物で、自らが歌を詠むことを仏を彫る心地に喩えた。
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ガブリエーレ・ガリンベルティ「世界のおばあちゃん料理」
本屋で思わず買ってしまった一冊。邦題はストレートなレシピ本という感じだけど、原題は“In Her Kitchen”。著者はイタリアの写真家で、その名の通り、世界のおばあちゃんのキッチンの写真に、得意料理のレシピと短いライフストーリーを付したもの。欧米からアジア、アフリカ、太平洋の島国まで50カ国58人。家庭料理だけあって、ほとんどは塩やオリーブオイルなどシンプルな味付けで日本でも簡単に再現可能なのがうれしい(一部、ムースやイグアナ、乾燥芋虫など、手に入らない食材も混ざっているけど)。それぞれの料理におばあちゃんの生き方や家族との関係が滲み、土地の暮らしが垣間見えて引き込まれる。
阿佐田哲也「麻雀放浪記」
戦後を代表する大衆小説の一つであり、日本文学史に燦然と輝くピカレスクロマン。色川武大は好きな作家の一人だが、阿佐田哲也名義の小説は読んだことが無く、いまさらながら手に取った。
半自伝的小説で、戦後間もない頃の裏社会、というより裏も表も渾然となった社会で、今では考えられないような生き方をしていた人々のことが生き生きと描写されている。運もイカサマも全て力で、力で劣る者は負けて裸になるしかない。生きるとは戦いで、ならば博奕打ちとは最も純粋な生きざまなのかもしれない。そんなことを思わされる。自分にはそんな純粋な生き方はできないけど。
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