どくろ杯

金子光晴「どくろ杯」

絶望的な困窮の中、妻との問題を抱え、長い放浪の旅が始まる。抑揚の無い淡々とした筆致ながら、人の業の深さと生の力強さに溢れている。はっとするような言葉使いも随所に。

「唇でふれる唇ほどやわらかなものはない」

「うんこの太そうな女たちが踊っていた」

風に舞いあがるビニールシート

森絵都「風に舞いあがるビニールシート」

禄でもないことばかり起きる人生だけど、何かのために、自分のために、頑張っていこう、って感じの短編集。

ほっとする読後感だけど、個人的にはあっさりすぎるかも。予定調和な読みやすさは、ドラマや雑誌向きかも。

夏光

乾ルカ「夏光」

スナメリの祟りでできた顔の痣。耳の奥から鈴の音がする少年……。

ホラーというより、不気味なタッチで世界の残酷さ、少年時代の切なさを描いた感じ。子供の視点が瑞々しくて、デビュー作とは思えない完成度の高さ。
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銀河ヒッチハイク・ガイド

ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイク・ガイド」

銀河バイパス工事で地球を取り壊され、たった一人の生き残りとして放浪の旅が始まる。

最初から最後まで馬鹿げたエピソードが続くが、随所に皮肉が効いているのが、いかにも英国風。激鬱なロボット、マーヴィンがいい味を出している。

「なんだって土んなかに顔を突っ込んでるんだ?」
「非常に効果的にみじめな気分を味わえるからです」

貧困旅行記

つげ義春「貧困旅行記」

鄙びた温泉地を旅し、侘びしい旅籠で煎餅布団にくるまる。世の中から捨てられたような気持ちになり、そこに安らぎを感じる。タイトルから想像されるような貧乏旅行記ではなく、内容も淡々としているが、この時代の日本を旅してみたかったなと思わせる味がある。

「貧しげな宿屋で、自分を零落者に擬そうとしていたのは、自分をどうしようもない落ちこぼれ、ダメな人間として否定しようとしていたのかもしれない。(中略)自分を締めつけようとする自分を否定する以外に、自分からの解放の方法はないのだと思う」

小銭をかぞえる

西村賢太「小銭をかぞえる」

自分の屑さを客観視し、エンターテイメントとして提示する。この視点はかつての私小説には無かった(というより、ここまであっけらかんとしていなかった)もので、読みながら共感はできないが、大変面白い。

町田康が解説で“自由の感覚”と呼んでいるのがしっくりくる。
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東京日記 他六篇

内田百閒「東京日記 他六篇」

日常の中にふと現れる幻。何だかよく分からない違和感―百閒の短編は脈絡の無い話ばかりなのに、不思議な魅力がある。

決して奇抜ではなく、西洋風リアリズムの陰に隠れつつも、古典の時代から、現代だと例えば川上弘美につながる様な、日本の伝統的スタイルの気もする。

鳥の歌

パブロ・カザルス「鳥の歌」

カザルスの発言と短いエピソード集。自由と平和を何よりも希求し、音楽の力を信じた高潔さの一方、現代音楽に耳を貸さない頑固さも伺えて面白い。

シンプルな内容だけど、愛にあふれた一冊。
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赤朽葉家の伝説

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」

旧家に生きた祖母、母、わたしと続く三世代の物語。前半はラノベ版「百年の孤独」って感じで、マジックリアリズムの雰囲気も。最後は文体も変わって軽いミステリ風になりつつ、前向きな終わり方。

とってつけたような戦後史や世相の挿入は無くても良い気がするが、作者が楽しんで書いたのが伝わってくる。読んだ人によって、三世代それぞれに異なった印象を受けるのでは。