岸田國士「紙風船」ほか

ハヤカワ演劇文庫「岸田國士I」

岸田國士の短い戯曲13篇。「紙風船」など夫婦の日常を切り取った作品が多い。変化していく夫婦、男女、家族の関係。大正時代に書かれたものとは思えない。すれ違い、取り繕い……会話の微妙な空気を芸術として提示する姿勢は現代の作品と変わらない。

生身の人間が行う演劇は人間関係の緊張感や閉塞感を顕在化させる。別役実は「劇作家は時代による対人関係の変化を捉えるのが仕事」と語っていたが、そうした意味では、岸田國士の短い作品は演劇の見本のよう。

落日燃ゆ

城山三郎「落日燃ゆ」

戦前、戦中を通じて外相、首相を歴任し、文官としてただ一人A級戦犯として処刑された広田弘毅。“自ら計らわぬ”広田を通じて、個人が抗えない、時代の大きなうねりが浮かび上がる。広田というよりは、戦争へと流れる時代を描いた小説。

今読めば、「長州の作った憲法=統帥権の独立=軍部の暴走」が日本を滅ぼしたとするのは歴史観として単純すぎるし、広田に過剰に肩入れするのも戦後日本の自己弁護の典型例と言えなくもないが、誰が時代の流れを止められるのかという問いを鮮やかに突き付けてくる点で、極めてスリリングな現代史のドキュメントとなっている。

井上ひさしの日本語相談

「井上ひさしの日本語相談」

日本語についての素朴な質問に井上ひさしが答える。気楽に読める一方で、はっとさせられることも多い。

日本語は形容詞が少なく、その不足を補うために形容動詞が量産され、最近は「~的」という言葉使いが多用されるようになった。人称や数の支配を受ける英語の動詞に対して、他者との関係に支配される日本語の動詞。音節の少なさから来る同音異義語の多さ。……などなど。普段意識していなかった事に改めて気付かされた。

何より、「正しい言葉使い」にこだわるのではなく、どんな表現でも誤用や紋切り型と切り捨てるのではなく、なぜ使われるようになったのかを考え、向き合っている姿勢を見習いたい。巻末の丸谷才一らとの対談も、井上ひさしの言葉や劇作に対する姿勢が見えて興味深い。

聖なる怠け者の冒険

森見「登美彦聖なる怠け者の冒険」

主人公をはじめ、登場人物の半数が動きたがらない怠けもの。冒険と怠惰のせめぎ合いの中、よく分からない勢いで物語が進んでいく。この不思議な推進力は著者ならでは。文体は以前よりもシンプル。読みやすいけど、初期の無駄にだらだらした文章も名残惜しい。新聞連載がベースということもあって、やや難産のあとも感じられるけど、安定した面白さ。

浄瑠璃を読もう


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橋本治「浄瑠璃を読もう」

浄瑠璃の代表作を読み解く。

歴史上の出来事を題材に、というよりも自由に加筆・改変が可能なパーツとして、好き勝手に物語を組み立てるという作劇法は、現代にも通じる日本の歴史観、物語観かも。

「歴史は、江戸時代という現在が抱えているドラマの種を植えつけるための土台になるだけなのだ」

世界の食べもの 食の文化地理

石毛直道「世界の食べもの 食の文化地理」

とても面白いけど、アジア、オセアニア、北アフリカ以外の地域についてはほとんど触れられていないのがちょっと残念。取り上げられている地域については丁寧で読み応えがあるだけに、タイトルに相応しい完全版が読みたい。

馴染みがある中国料理も韓国料理もよく考えたらイメージどまりで、食文化としては実際には知らないことが多いと痛感。

マシアス・ギリの失脚

池澤夏樹「マシアス・ギリの失脚」

物語の筋は既にタイトルに示されている。神話も含めて一つの世界を作り上げる試み。

著者自身が「百年の孤独」のようなものを書きたかったと別の場所で書いていたが、「族長の秋」「予告された殺人の記録」を思わせる部分もある。ただ全体としては、ガルシア・マルケスのようなものを書こうとして、結果的に辿り着いたのは別の物という印象が強い。池澤夏樹の思想、世界観がはっきりと示されていて、日本を“宗主国”とする架空の島国を通じて、日本を描いた作品とも言える。

東京原子核クラブ

マキノノゾミ「東京原子核クラブ」

理研時代の朝永振一郎博士をモデルに、戦争へと進んでいく時代の青春を描く。史実をもとにしつつも、決して“戦争もの”ではないし、評伝でも無い。仁科研の二号研究自体も既によく知られているため、科学と戦争や倫理の問題を描いた作品としての目新しさも無いけど、ストレートな青春群像劇として心に残る。最後まで爽やかさを失わず、時代に関係なく、そこに生きた人々にとって、自分だけの悩みや喜びを抱えたかけがえのない日々があったことが、すっと心に染みる。