チェーホフ「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」
人生を棒に振ったと悔やむワーニャ、自分は華々しい人生を生きることはできないと悟っているソーニャ、現実と向き合いきれない三人姉妹。
チェーホフの戯曲には主役がいない。この2作は、どこか達観したような「桜の園」ほど乾いておらず、結構暗い印象。決してすっと心に入ってくる作品ではないけど、この閉塞感は胸に迫る。
誰もが抱える、思い描いていた人生を歩めないという絶望。それを甘いと切り捨てられる人には全くひびかないだろうけど。
読んだ本の記録。
井上ひさし「太鼓たたいて笛ふいて」
『放浪記』で知られる作家、林芙美子の後半生を描いた評伝戯曲。
プロデューサー三木孝が囁く「戦争は儲かる」。
従軍文士として「わたしは兵隊さんが好きです。国家の運命という大きな物語に、兵隊さんたちはお一人お一人の物語を捧げてくださっている」と“太鼓たたいて笛ふいて”戦意昂揚に尽くした林芙美子は、戦地を回るうちに敗戦を悟り「非国民」になる。
「滅びるにはこの日本、あまりに美しすぎる」と三木らを前に“非国民の愛国心”を歌う場面は胸を打つ。
物語を作るはずが、国や国民の求めた「物語」に踊らされた作家は戦後、急逝するまでの6年間、「物語」を捨てて庶民の悲しみを書き続けた。井上ひさしは評伝劇を書くのが本当に上手い。舞台を見逃したことが悔やまれる傑作。