日本アパッチ族

小松左京「日本アパッチ族」

現在、大阪ビジネスパークとしてビルが立ち並ぶ一帯から大阪城公園にかけては、戦前は大阪砲兵工廠としてアジア最大規模の軍需工場があった土地。終戦前日の空襲で壊滅し、戦後は長く焼け跡のまま放置されていたが、そこから屑鉄を盗む人々が現れた。集落と独自の文化を作り、膨大なスクラップを発掘・転売して生計を立てた人々は「アパッチ族」と呼ばれた。その野放図なエネルギーに想を得た作品。小松左京の長編デビュー作。
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梅里雪山 十七人の友を探して

小林尚礼「梅里雪山 十七人の友を探して」

1991年、京大学士山岳会と中国登山協会の合同登山隊17人が、未踏峰の梅里雪山で消息を絶つ大規模な遭難事故があった。遭難で仲間を失った著者は、再度日中合同で登頂を目指した96年の登山隊に参加したものの、天候の悪化で断念。その後、98年夏に氷河の下流で遺体が見つかったことを機に麓の村に通い始める。

一人で村に住みながら、遺体と遺品を探し歩く日々。聖山を汚した登山隊への地元の反発は根強かったが、徐々に村民との間に友情が育まれていく。そして村で暮らし、山の周囲を巡る巡礼路を歩くうちに、著者の心の中で、登山の対象としての「梅里雪山」が聖山「カワカブ」へと変わっていく。
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洞窟オジさん

加村一馬「洞窟オジさん」

著者の加村一馬氏は1946年、群馬県生まれ。13歳の時に、両親の虐待から逃れて足尾銅山の廃坑に住み着き、その後も富士の樹海や川辺を転々として、ホームレスとして半世紀近くを生きてきた。

ヘビやネズミ、カタツムリ、カエルを食べ、時には山で採った山菜を売ってわずかな収入を得る。やがて茨城の小貝川の河川敷に小屋を建てて暮らすようになり、57歳の時に窃盗未遂で逮捕され、取り調べと公判を通じて半生が明らかになった。
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ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー

山田詠美「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」

著者の初期の代表作で、直木賞受賞作。ソウル・ミュージックをBGMに、黒人社会の恋愛を描く。小洒落た雑誌に載っていそうな翻訳小説の雰囲気だが、性を描写しつつ透明感のある洒脱な文章に著者の作家性が強く表れている。
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廃市

福永武彦「廃市」

ひと夏、親戚の紹介で旧家の世話になることになった語り手の青年。そこで美しい姉妹と、姉の夫を巡る複雑な人間関係に触れることになる。水路が縦横に巡らされた、美しく、どこか退廃的な雰囲気が漂う田舎町を舞台とした名品。ノスタルジックな雰囲気が好きな人にはたまらないだろう。
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戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇

堀川惠子「戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と『桜隊』の悲劇」

広島で被爆し、全滅した劇団「桜隊」は、井上ひさしの「紙屋町さくらホテル」や新藤兼人監督の映画で取り上げられてきたが、いずれも原爆の悲劇としての側面が強く、なぜ彼らが広島にいたのか、その背景にある戦前・戦中の苛烈な思想統制、演劇人への弾圧については資料の不足からあまり描かれてこなかった。

著者は、桜隊の演出を手がけていた八田元夫の膨大なメモや未発表原稿を発掘し、彼の生涯を縦軸に、戦前から戦後に至る表現者たちの受難の歴史を現代によみがえらせた。
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小説「聖書」

ウォルター・ワンゲリン 小説「聖書」旧約篇上新約篇

  

神学者でもあり、作家でもある著者が、聖書の膨大なテキストを小説の文体で書き下ろした。

天地創造、神とアブラハムの契約、モーセの出エジプト、ダビデとソロモンの時代、バビロン捕囚。旧約聖書に書かれたエピソードの一つ一つは多くの人が知っているだろうが、全体を通読したことがある人はキリスト教徒やユダヤ教徒以外では稀だろう。膨大な断片の集まりである聖書を、神学者としての緻密な解釈に立脚しつつ、原典に忠実に、現代の読み物として蘇らせた著者の仕事はまさに偉業と言える。
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