オセロー

シェイクスピア「オセロー」

妻の不貞を疑い、嫉妬に狂うオセロー。

最もコントロール出来ない感情として、“嫉妬”が物語の中心にあるが、人種や親子、友人、主従……など人間関係のあらゆる問題が詰まっている。だからこそ世界中で何度も何度も再演され続けているのだろう。

「嫉妬というのはひとりで種をはらんでひとりで生まれる化け物です」

掏摸

中村文則「掏摸」

スリ師の主人公の前に現れる、悪の塊のような男。設定も人物描写もリアリティに乏しいけど、かえって話の軸がはっきりと感じられ、一種の犯罪小説として物語に引き込まれる。登場人物の内面描写も最小限で、運命の理不尽さが際立つ。文体も物語の速度も現代的だけど、全体に漂う“悪ぶった感じ”は、どこか古風な印象。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

村上春樹としては驚くほど“分かりやすい”作品。

これまでの中~長篇は、どれも文章にも物語にも、調和を崩す、解釈を拒むような要素や表現があったが、それがない。昔の作品のように喪失感や疎外感を書きながら、その先を書いている点で、過去の作品とは決定的に違う。かつて書けなかったものを書こうとしているようだ。

村上春樹の現在の立ち位置をはっきりと示している作品と言え、「神の子どもたち~」以降試されてきた三人称にも、今回初めて違和感を感じなかった。

火花 北条民雄の生涯

高山文彦「火花 北条民雄の生涯」

「何もかも奪われてしまって、ただ一つ、生命だけが取り残された」と「いのちの初夜」で書いた北條民雄。

「社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡び方では決してないのです」

癩を病み、23歳の若さで夭逝するまで生きることの恐ろしさを極限化した生を見つめ続けた。その作品は究極の所で、生を肯定する叫びとなった。
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謎の独立国家ソマリランド

高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」

圧巻。事実上の独立国家ソマリランド、海賊国家プントランド、そして無政府地帯。不可能と思えるような地域を旅してエンターテイメントに仕立てあげながら、氏族の構造や政治体制、歴史にまで踏み込んでいて、著者の取材力に脱帽。現在の“ソマリア”に関するほぼ唯一の日本語文献として、資料的な価値も高い。
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AKB48白熱論争

小林よしのり、中森明夫、宇野常寛、濱野智史「AKB48白熱論争」

メンバーの名前すらほとんど分からない立場で読むと、引いてしまうくらい熱のこもった対談(褒め言葉です)。

推す=成長を眺める楽しみは劇団など他の集団でもあるし、序列システムなどの完成度は宝塚の方が高いだろう。それでも、人気と金の相関性を隠そうとしない、それによってかえってオープンな公平性が保たれているというところに戦略の新しさがある。金で買える1票の方が思いが込められるとの言葉は民主主義の逆説として面白い。

AKB以前のアイドルグループが“一部を見せる”というフェイクドキュメンタリーだったのに対し、そういった作り込みをしないでソーシャルメディアに物語作りを委ねてしまうという根本的な違いにも気付かされた。

儚い羊たちの祝宴

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」

ミステリーというよりもホラーの連作短編集。「ラスト一行の衝撃」という帯は少し大げさだけど、各編とも終盤で登場人物の歪みが明らかにされて、途端にホラー作品になる。この著者の作品を読んだのはこれが初めて。衒学的なライトノベルって感じの文章で、巻末の参考文献に中野美代子の名前があって納得。