恋するソマリア

高野秀行「恋するソマリア」

「謎の独立国家ソマリランド」の続編。ソマリアに恋して、その日常生活を知ろうと四苦八苦。外国人どころか男子禁制の一般家庭の台所で料理を学び、南部ソマリアでは、アル・シャバーブとの内戦の最前線へ。

著者のルポは「アヘン王国潜入記」「西南シルクロードは密林に消える」などミャンマーものが白眉の出来だが、ソマリア紀行もそれらに並ぶ読み応え。政治や歴史に触れつつ、決してそれが主題とならない。見知らぬ土地で人の話を聞いて、いろいろなことを知り、先入観が覆されていく。本を通じて旅のそんな感覚を思い出させてくれる。こんな旅はできないけど。

「李香蘭」を生きて

山口淑子「『李香蘭』を生きて」(私の履歴書)

戦時下の満州と中国で、李香蘭として生きた山口淑子の自伝。書くべき事が多すぎる生涯で、この一冊では物足りないくらいだが、自身の言葉でその時々の思いが綴られていて胸に迫る。中国で育った日本人が、中国人スターとして一世を風靡する。日本では中国人として蔑まれ、中国では、なぜ日本に協力するのかと責められる。終戦後、李香蘭として漢奸裁判にかけられるが、日本国籍の山口淑子と証明されて帰国を果たす。一方、清朝の皇族として生まれ、日本人の養子となった川島芳子は漢奸として銃殺された。なぜ自分が生き残ったのか、という思いは李香蘭の衣を脱いだ後も生涯つきまとって離れなかったのだろう。巻末の川島の裁判記録も興味深い。

ボクには世界がこう見えていた ―統合失調症闘病記

小林和彦「ボクには世界がこう見えていた ―統合失調症闘病記」

統合失調症の患者の手記。闘病記と言うよりは、幻聴、幻覚が本格的に始まる前の臨界期のことを書いたもの。

大学を卒業し、アニメーション制作会社に就職した頃から少しずつ、自分こそが世界の中心という妄想に陥っていく。些細な偶然に深遠な意味を読み取り、新聞記事やラジオの言葉が自分宛のメッセージと思い込んで、世界平和への使命感に燃える。脈絡の無い思考の中で〝世界の真実〟を掴んだ気になる。
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巨流アマゾンを遡れ

高野秀行「巨流アマゾンを遡れ」

アマゾンを河口ベレンから源流のミスミ山まで遡る。といっても密林をかきわけて進むような冒険ではない。アマゾン本流はあくまで人々の生活の場。町から町へ、人から人へと繋がっていく旅。著者が大学生の頃にまとめた旅行記で、少し肩に力が入った感じの文章も面白い。

自分も大学の頃に南米を一ヶ月半ほど旅したけど、アンデス地域のみだった。こんな旅もしてみたかった。

定本 日本の秘境

岡田喜秋「定本 日本の秘境」

経済成長の波がまだ地方に及んでいない昭和30年代前半に書かれた紀行文。秘境とは書いているものの、人跡未踏の地ではなく、あくまで人間の住む土地。九州脊梁山地から、神流川、大杉谷、佐田岬、襟裳岬…。中宮、酸ヶ湯、夏油といった温泉の往時の姿も興味深い。

宮本常一は「自然は寂しい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる」と書いたが、まさにその“あたたかな風景”を求める旅。
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単独行

加藤文太郎「単独行」

“孤高の人”として知られる加藤文太郎(1905~36)。戦前、パーティーを組むのが常識だった登山に単独で挑み、冬季槍ケ岳などで数々の単独登頂記録を残して「不死身の加藤」とも呼ばれた。
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土壇場における人間の研究 ―ニューギニア闇の戦跡

佐藤清彦「土壇場における人間の研究 ―ニューギニア闇の戦跡」

「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」と恐れられたニューギニア戦線。文字通り同胞相食む極限状態に陥った日本軍兵士の状況を、膨大な手記や証言から明らかにしていく労作。
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苦海浄土

石牟礼道子「苦海浄土」 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

「苦海浄土―わが水俣病」に第2部「神々の村」、第3部「天の魚」をまとめた世界文学全集版。どのページを開いても胸が苦しくなるような言葉が綴られ、あまりの密度の濃さに読み進めるのにかなり苦労した。

よく知られた第1部では失われた世界、前近代の残光のような幸福感を描いていて、逆説的な人間賛歌でもあったが、第2部からは患者組織が分裂、訴訟に至り、水俣市民に憎まれ、国民から厄介者とされていく過程が生々しく描かれている。
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弾左衛門とその時代

塩見鮮一郎「弾左衛門とその時代」

穢多頭、長吏頭として江戸期の被差別民を統率した「弾左衛門」。最後の弾左衛門(13代目、弾直樹)の生涯と、初代が関八州を家康から任せられるようになった経緯の考察が中心。

特に明治の解放令に直面した13代目の話が興味深い。被差別民の解放は、土地の商品化や皮革産業における特権の解体など、資本主義の要請と一体だった。身分制度は、差別意識のみが歪んだ形で次の時代に残ってしまった。