夜と霧

V.E.フランクル「夜と霧」

精神科医が自身の収容所体験を綴った本書は、二十世紀を代表する書物の一つだろう。「夜と霧」という邦題で広く知られているが、原題は「…trotzdem Ja zum Leben sagen:Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager」(それでも人生を肯定する:心理学者、強制収容所を体験する)。人が物と化す極限状態の中で、著者が専門家として、一人の人間として見聞きし、感じ、考えたことが綴られている。人生はあなたにとって無意味かもしれない。それでも、あなたが生きることは無限の意味を持つとフランクルは言う。人間は常に問われている存在だという言葉は、今なお強く胸を打つ。
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西南役伝説

石牟礼道子「西南役伝説」

西南戦争を体験した古老の話の聞き書き。「苦海浄土」と並ぶ著者の代表作とされながら、絶版で全集以外では手に入りにくかった作品だが、追悼か、大河ドラマ効果か、講談社文芸文庫から再刊された。ノンフィクションというよりは、巫女に喩えられることもある偉大な作家が語り直した文学作品といった方がふさわしい。
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津波の霊たち 3・11 死と生の物語

リチャード・ロイド・パリー「津波の霊たち 3・11 死と生の物語」

英「ザ・タイムズ」紙の東京支局長による被災地のルポルタージュ。6年にわたる被災地取材の記録であり、津波被害、中でも児童の多くが犠牲になった大川小の遺族の話を中心に据えつつ、共同体や死を巡る日本人の心性をも掘り下げていく。東日本大震災に関する最も優れた記録の一つであると同時に、日本人論、日本文化論としても白眉の内容。
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行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険

春間豪太郎「行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険」

ロバに荷車を引かせてモロッコを南北に縦断。モロッコと言ってもアトラス山脈から地中海にかけての地域で、人跡未踏の地を行く前代未聞の大冒険!という性質の挑戦ではないが、行く先々で起こる事件や出会いの一つ一つが非常に面白く、旅の魅力に富んでいる。どことなく、電波少年の旅のようなノリ。
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完全版 猪飼野少年愚連隊 奴らが哭くまえに

黄民基「完全版 猪飼野少年愚連隊 奴らが哭くまえに」

生野区から東成区にまたがる猪飼野地域は、現在も多くの在日コリアンが暮らす町だが、戦後間もない頃は愚連隊とヤクザが跋扈する一帯としても知られた。戦後大阪で一大勢力を築いた明友会は、その猪飼野で生まれた在日朝鮮人の愚連隊で、山口組との抗争に敗れて消滅した。

猪飼野で生まれ育った著者は、日夜喧嘩に明け暮れる仲間たちとともに少年期を過ごした。不良少年たちは、「三国人」と呼ばれた親たちの葛藤を目の当たりにしながら、愚連隊の兄貴分たちの後を追うように成長していく。やがて明友会が山口組に敗れ、社会が高度経済成長に湧くようになる頃、街の風景も変わっていく。
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「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実

前田速夫『「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実』

恥ずかしながら、「新しき村」が今も残っていることを最近まで知らなかった。

武者小路実篤の「新しき村」は、文化的で個人が尊重される理想の共同体を掲げ、1918年に宮崎県の山中に開かれた。共有財産・共同作業で生計を立て、余暇を学問や芸術などに使うことを目指した村は、運営が軌道に乗り始めたタイミングでダムに一部が沈むことになり、39年に埼玉県毛呂山町に移転。戦後もその取り組みは続き、今年で100周年を迎える。
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だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人

水谷竹秀「だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人」

バンコクにある日本企業のコールセンターで働く人々を取材したノンフィクション。

2000年代に入ってから、日本企業が人件費の節約のため、コールセンターをバンコクに移すケースが増えたという。そこで働くのは日本からタイに渡った30代、40代を中心とした男女。日本に居場所がなかったと語る彼らの半生を通じて、現代の日本社会の生きづらさが浮き彫りになる。
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異国トーキョー漂流記

高野秀行「異国トーキョー漂流記」

コンゴで幻獣を探し、東南アジアのアヘン栽培村に住み込み、無政府状態のソマリアを旅する。規格外の旅を軽やかな筆で記してきた高野秀行が、日本で知り合った異国からの友人との思い出を綴ったエッセイ集。

BUTOH(舞踏)に憧れ、自分探しの果てに日本にたどり着いたフランス人から、出稼ぎのペルー人、故国を追われたイラク人まで。登場する人々それぞれのエピソードを通じて、東京はトーキョーに姿を変え、日本の生きづらさも、生きやすさも、改めて浮かび上がる。体当たりのルポとは違う味わいのある“世話物”の一冊。
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ファミコンとその時代

上村雅之、細井浩一、中村彰憲「ファミコンとその時代」

ビデオゲームの誕生から、ファミコンの登場、流行まで。主著者の上村雅之氏はファミコンの開発者の一人であり、まさにテレビゲームの正史と呼べる一冊。社会、経済の変化を扱った読み物としても非常に読み応えがある。ファミコンの発売30周年を迎えた2013年の刊。ファミコン世代にとっては、自分たちの時代を客観視するためにも必読の一冊。
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