紀州 木の国・根の国物語

中上健次「紀州 木の国・根の国物語」

「紀伊半島は海と山と川の三つの自然がまじりあったところである。平野はほとんどない。駅一つへだてるとその自然のまじり具合がことなり、言葉が違い、人の性格は違ってくる」

「海からの潮風が間断なく吹きつけるこの枯木灘沿岸で、作物のほとんどは育たない。木は枯れる。(中略)潮風を受けて崖に立っていると、自分が葉を落とし枝が歪み、幹の曲がった樹木のような気がしてくる」
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北方探検の英傑 近藤重蔵とその息子

久保田暁一「北方探検の英傑 近藤重蔵とその息子」

江戸時代後期、千島列島をはじめとする蝦夷地を探検し、北方の開拓・防備に大きな功績を残したものの、不遇の後半生を送った近藤重蔵。その息子で、殺人に手を染めてしまい、流刑先の八丈島で「八丈実記」という大部の地誌を記した近藤富蔵。数奇な運命を辿った父子の物語。
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地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」

青木美希『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』

8年が経ち、ついこの間の出来事のような気もする一方で、現在の問題ではないという印象も強くなっているように感じる。元号が変われば、風化の感覚は一層進むだろう。

言うまでもなく、原発事故は過去ではなく今の問題であり、廃炉作業だけでなく、避難者の苦悩も現在進行形である。母子で自主避難し、支援の打ち切りで困窮して自ら命を絶った母親のエピソードが紹介されているが、原発事故という特殊な人災の最大の罪は、人々の間に分断をもたらしたことだった。避難するか、留まるか。その溝は家庭の中にも生まれた。同時に、一部の例外をもって避難者を裕福だと誹謗したり、自主避難者を過敏だと嘲笑するような、社会の想像力の欠如も露わになった。
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日本を降りる若者たち

下川裕治「日本を降りる若者たち」

日本社会は必死にその上に載り続けることを個人に強いる。しがみつくのをやめれば外に落ちてしまう。どこの社会にもそうした部分はあるものだろうけど、日本では一度失敗すると元の場所に戻りにくい。人目を気にせずに生きられる場所が少ない、あるいは見つけにくい。

バックパック旅行を描いてきた著者が、日本社会から降りて東南アジアで暮らすようになった人々の姿を記録したルポ。日本での短期労働で資金を稼ぎ、1年の大半をバンコクで何もせずだらだらと「外こもり」の生活を続ける人々の話が中心だが、積極的にタイで働き、生きることを選んだ人も登場する。
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ジュライホテルのポーム

吉倉槇一「ジュライホテルのポーム」

自分は06年に初めてバンコクを訪れたので、ヤワラー(中華街)が日本人の溜まり場だった時代は知らない。90年代半ばを過ぎると、欧米人が先行して集まっていたカオサン通りに日本人バックパッカーも吸収され、ヤワラーに滞在する日本人は減った。

ヤワラーには楽宮大旅社、台北旅社といった有名な安宿が何軒かあったが、その中でも特に日本人旅行者に人気が高かったのがジュライホテルで、ポーム(ポンちゃん)はその象徴的な存在だったという。
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ダーク・スター・サファリ カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の旅

ポール・セロー「ダーク・スター・サファリ」

米国の作家ポール・セローは若い頃、東アフリカで教師をしていた。作家として名を成し、60歳を前にカイロからケープタウンへと大陸をバスと鉄道で縦断することを思い立つ。コンラッドの「闇の奥」を手に、貧困と格差、人種対立の続く“暗黒星”の旅に出る。
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アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン

高野秀行「アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン」

ベトナムの「フイハイ」、奄美大島の「ケンモン」、アフガニスタンの「ペシャクパラング」。

ミャンマーやソマリアのルポで高い評価を受ける著者だが、大学時代のデビュー作「幻獣ムベンベを追え」から一貫して未確認動物=UMAの探求にも力を入れていて、トルコ・ワン湖周辺を舞台とした「怪獣記」など、一連の著作はいずれも面白い。
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不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか

鴻上尚史「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」

陸軍の最初の特攻隊「万朶隊」の隊員で、9回出撃し、通常攻撃や機体の故障などで9回とも生きて帰ってきた佐々木友次氏の記録。亡くなる2カ月前までの貴重な証言が収められている。
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