何でも見てやろう

小田実「何でも見てやろう」

旅行記の古典。60~70年代、本書を読んで多くの若者が海を渡った。

著者は1959年にフルブライト留学生として米国に渡り、その帰途、欧州からアジアまで各地を訪れた。当時はまだ海外旅行が珍しかった時代。貧乏旅行で計22カ国を訪れた著者の記録は、同世代の若者から大きな衝撃と羨望を持って受け止められたことだろう。本書を読むと行き当たりばったりの奔放な旅のように思えるが、死後に見つかった著者のノートには、綿密な準備の跡と計画がびっしり書き込まれていたという。
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図説「最悪」の仕事の歴史

トニー・ロビンソン『図説「最悪」の仕事の歴史』

人間は有史以来、さまざまな仕事を生みだしてきた。この本(”The Worst Jobs in History”)が取り扱うのは、古代ローマから近代までの西洋における“最悪の仕事”の歴史。著者は、現代でいう「危険」「汚い」「きつい」の3Kに、「退屈」と「低収入」の二つを加えた3K2Tの仕事の数々を紹介している。
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フィリピンパブ嬢の社会学

中島弘象「フィリピンパブ嬢の社会学」

新書で、このタイトル。新書に多い「タイトルだけ秀逸」という“出落ち”を警戒して読み始めたが、非常に面白いルポルタージュだった。

真面目な大学院生だった著者は、在日フィリピン人女性を研究テーマとし、論文の題材としてフィリピンパブのことを調べるうちに、ホステスの「ミカ」と恋に落ちてしまう。そのミカとの交際や、家族との出会いを通じて、外国への出稼ぎに頼らざるをえないフィリピン社会と、日本に来るフィリピン人女性たちの置かれた状況が浮き彫りになる。
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たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く

石村博子「たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く」

世界大会で3度優勝し、公式戦無敗の41連勝、“サンボの神様”とまで言われたビクトル古賀(古賀正一)の少年時代の物語。満州から一人で引き揚げてきた少年の回想であると同時に、コサックの末裔の物語でもある。

「俺が人生で輝いていたのは、10歳、11歳くらいまでだったんだよ。(中略)俺のことを書きたいって、何人もの人が来たよ。でも格闘家ビクトルの話だから、みんな断った。あなたを受け入れたのは、少年ビクトルを書きたいっていったからさ」
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「子供を殺してください」という親たち

押川剛「『子供を殺してください』という親たち」

予備知識無くタイトルだけ見て、精神科医の書いた本かと思って手にしたが、著者は精神病の患者を家族等の依頼で医療機関に繫ぐ「精神障害者移送サービス」の経営者。病識を持つように本人を説得するとともに、受け入れ先の病院を探し、その後の面会等のフォローも手がけている。本書では著者自身が実地で体験したケースを紹介するとともに、現在の日本の精神医療の問題点を指摘している。
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すきあらば 前人未踏の洞窟探検 洞窟ばか

吉田勝次「洞窟ばか」

洞窟はやったことがないけど、むちゃくちゃ楽しそうだ。著者の洞窟愛に、読みつつ、くらくらしてしまう。自分は何をしているのか、本当にしたいことをして生きているのか、と。

少し前まで「探検」や「冒険」はもはや存在しないと思っていた。地理的な空白部は20世紀までにほぼ埋め尽くされ、21世紀の今、Google Earthで見ることができない土地は無いし、費用と時間さえあればどこにだって辿り着ける。と、思っていた。
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世界天才紀行

エリック・ワイナー「世界天才紀行」

「その国で尊ばれるものが、洗練される」

“天才”は不規則に生まれるのではない。特定の時期に、特定の場所に相次いで現れる。

アテネ、杭州、フィレンツェ、エディンバラ、カルカッタ、ウィーン、そして、シリコンバレー。

なぜ、その土地に天才が生まれたのだろう。紀元前のアテネも、ルネサンス前夜のフィレンツェも、当時の世界一の大都市でも先進都市でもなかったし、周辺の都市にすら後れを取っていた。18世紀のエディンバラや19世紀末のカルカッタは言うまでもない。シリコンバレーなんて、田舎のほぼ何もない土地に生まれた。

それぞれの土地でなぜ天才が育ったのか。その答えを求めて著者は旅に出る。
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誰が音楽をタダにした? ─巨大産業をぶっ潰した男たち

スティーヴン・ウィット「誰が音楽をタダにした? ─巨大産業をぶっ潰した男たち」

「音楽を手に入れることだけが目的じゃなかった。それ自身がサブカルチャーだったんだ」

よくあるネット史の概説書かと思いきや、一級のノンフィクション。事実は小説より奇なり。音楽が無料で(その多くは違法で)流通するのは、何となくインターネットの発達の必然で、自然にそうなったような気がしていたが、あくまで人の物語なのだ。“音楽をタダにした奴ら”の姿を丁寧に追っていく著者の筆致は、下手な小説よりもスリリング。音楽好き、ネット好き必読。

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運命の子 トリソミー

松永正訓 「運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語」

悲しみや苦しみは幸せの対義語と考えてしまいがちだが、それは比べられるものではなく、悲しみや苦しみと同時に幸せは存在しうるということを思わされた。喜びとつらさのどちらが大きいかという比較も意味がない。
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サピエンス全史(下)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(下)」

下巻は第三の革命である「科学革命」について。認知革命による虚構を語る能力と、農業革命による生存基盤の安定化は科学革命を引き金として人類に爆発的な繁栄をもたらした。知的好奇心と帝国主義、科学の発展と進歩主義、そして資本主義が結びついて現在の世界を作り上げた。

著者はサピエンス史を締めくくるにあたり、「幸福」とは何かという問いを経て、人類の未来についての考察を行う。生命工学の進歩で種としてのサピエンスの歴史は終わりを告げるかもしれない。身体の改変や、情緒の操作などが行われるようになれば、それは既に別の種だ。我々は“原人”になるかもしれない。現時点ではSFのような現実離れした話に聞こえても、百年、千年という長期的な視点に立てば、倫理的な軛などいずれは乗り越えられてしまうだろう。
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