センセイの鞄

川上弘美「センセイの鞄」

老境を迎えたセンセイとの、気恥ずかしくなってしまうような恋愛小説。

初期のシュールな作品が好きで高校のころよく読んだけど、それらの作品群からすれば驚くほどシンプル。でも静かな空気はどこか似ている。読み終わって、素直にいいよね、って感じられる一冊。

ペンギン・ハイウェイ

森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」

科学の子である“ぼく”は、お姉さんとペンギンの研究を進める。少年時代への郷愁が漂う、ちょっと大人向けの少年小説。

これまでの作品で器用な作家だとは思っていたけど、それだけじゃないと確信。読んでいて心が温まるすてきな1冊。

浄土

町田康「浄土」

独特のリズムで語られる、しょうもない話。そこに通底する不条理な世界への怒り。町田康らしいパンクな短編集。

短い話の方がこの人の勢いがよく表れているけど、「告白」のような長編をもう少し読んでみたい。

中陰の花

玄侑宗久「中陰の花」

死とは、成仏とは。テーマは大きいが、物語上は何も起こらない。淡々とした文章と控えめな死生観が、主人公の僧侶の悩みに親近感を抱かせる。近年では珍しい真摯な小説。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet」

大人になっていく過程で世界とどう向き合うか。思春期の、自分にとっても、周りにとっても、うっとうしい感じがよく出ている。

中学生が書いたような文章とタイトルは狙いなんだろうけど、ちょっと入り込めなかった。中高生の時に読めばもっと強い印象を受けたかもしれない。

沖で待つ

絲山秋子「沖で待つ」

併録の「勤労感謝の日」と共に会社や社会への思いを抑えた筆致で描く。会社の同期との仲間感覚とかに共感できる人には心に残ると思うけど、個人的にはあまり響かなかった。一世代上、30代後半~40代辺りの感覚なのかな。

最後の「ぶんたろう」は風刺なんだろうけど、風刺なら中途半端で物足りない。

高丘親王航海記

澁澤龍彦「高丘親王航海記」

幼い日の憧れから天竺を目指す御子。夢と現が溶け合ったような、突拍子もない、だけど不思議な魅力に溢れた旅物語。

さらりとした文章なのに、どうしてこんな雰囲気を出せるのだろう。ファンタジーの一つの完成形。

黒い家

貴志祐介「黒い家」

ぞっとする怖さではなく、緊張感と嫌な感じが続く。ホラーというより、サスペンスとして一級品。クライマックスの場面は、日本のエンタメ小説史に残る恐ろしさ。

ただ、最後、生保の闇を人間社会に広げるのは極端だし、兄の呪縛から解放されるくだりは、そこまでの丁寧な物語運びからすれば、あっけない印象。

歌行燈・高野聖

泉鏡花「歌行燈・高野聖」

妖艶な文体。無駄を切り落とした構成が、それをいっそう際立たせている。

主語、述語の省略、体現止め…。日本語は非常に多様な文体を生み出す可能性を持っているのに、最近の小説は均質化してしまっているように思う。

しゃばけ

畠中恵「しゃばけ」

虚弱体質の若だんなと妖怪が殺人事件の解決に挑む。ちょっとミステリ調で、妖怪が自然に物語にとけ込んでいるあたり、良い感じの和風ファンタジー。

ただ内容の割に文体が平淡すぎるのが、ちょっと物足りないかも。