ぼっけえ、きょうてえ

岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてえ」

岡山の遊郭で女郎が語る陰惨な身の上。方言を駆使した滑らかな語り口が緊張と不安感をあおる。いつの世も人間こそが恐ろしい。

傑作短編ホラー。ただ、表題作以外は恐くない。

乳と卵

川上未映子「乳と卵(らん)」

饒舌な語りが町田康を思わせるが、書こうとしているものはかなり違う。身体や世界との違和感。読み手へのサービス精神もあって、文章を読むこと自体に心地よさを感じられる。

正直なところ、この作品は“女性”が全面に出過ぎていて入り込めなかったけど、クライマックスのシーンは心に残った。

類推の山

ルネ・ドーマル「類推の山」

未完でこれほど面白い作品を読んだことが無い。ベスト・オブ・未完小説。

世界の中心にそびえる不可視の「類推の山」。シュールレアリスム小説の傑作とされているが、そんな堅苦しいものではなく、冒険小説として無類の面白さ。物語の魅力が詰まっている。未完なのが残念だけど、未完だからこそ美しいのかもしれない。

告白

湊かなえ「告白」

救いようのない話だが、スピード感があって最後まで引き込まれて読んだ。一人一人が交替で事件とその後を語る、そこに微妙なずれがあって、真実が分からなくなるあたり、芥川の「藪の中」のような雰囲気。

ただ、物語の道具としてのエイズの扱い方はちょっと悪趣味だと感じた。

あやとりの記

石牟礼道子「あやとりの記」

乞食、隠亡、孤児……“すこし神さまになりかけて”いるひとたちと過ごす、みっちんの四季。

ストーリーらしいストーリーはないけど、一瞬一瞬が魅力にあふれている。この人ほど言霊という言葉が似合う作家はいない。後半の「迫んたぁまになりたい」が胸を打つ。

根津権現裏

藤澤清造「根津権現裏」

自殺した友人を巡る物語。「等身大」と言ったら安っぽく響くが、同じ私小説でも安吾のように突き抜けた駄目さではなく、百閒のようなユーモアも無い。ただその地味さが逆に現実味があって、共感できる。

西村賢太が再び光を当てるまで、ほぼ忘れられかけていた作品なのに古さを感じない。

エレンディラ

ガブリエル・ガルシア=マルケス「エレンディラ」

天使や幽霊船など、あり得ないようなことが自然なこととして起こり、物語が進んでいく。でも世界の見え方としては紛れもない“現実”。

物語をマジックリアリズムとリアリズムに分けて考えるのは、そのどちらに属する作品をも矮小化することになる。

冥途・旅順入城式

内田百閒「冥途・旅順入城式」

悪夢。悪夢のような、ではなく、本当に夜みる夢のように不思議で、とらえどころのない話。漠然とした不安や焦燥感、恐怖、執着心が形を変え続いていく。

漱石の「夢十夜」の雰囲気が濃いが、もっと向こうの世界に近い感じ。処女作品集とは思えない。

池澤夏樹の世界文学リミックス

「池澤夏樹の世界文学リミックス」

古今東西の文学作品を軽妙な文章で渡り歩くエッセイ集。タイトルはちょっとださいけど、大変面白い。とにかく本を読みたくなる。

世界には数え切れないほど多様な物語があるし、読み切れないほど多くの本がある時代に生まれたことを幸せに思う。