雪が降る

藤原伊織「雪が降る」

読み終えて、じんわりと良い作品だったと思う短編小説はそれなりにあるけれど、読んでいる最中に先が気になって引き込まれる物語は、短編ではあまり無い。

「台風」「雪が降る」「銀の塩」「トマト」「紅の樹」「ダリアの夏」の六編。どの作品も、途中で読み進める手を止めることなく読了。フィクションであることをいかした不器用で気障な男たちが格好良い。
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なつかしい芸人たち

色川武大「なつかしい芸人たち」

「麻雀放浪記」の阿佐田哲也のイメージで色川武大の「狂人日記」や「百」といった小説を読むと驚かされるが、さらにこうしたエッセイを読むと、その芸能分野の造詣の深さに再び驚嘆させられる。その上で、こうして著者の人生観は育まれたのだと、読みながらストンと腑に落ちる。
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たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く

石村博子「たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く」

世界大会で3度優勝し、公式戦無敗の41連勝、“サンボの神様”とまで言われたビクトル古賀(古賀正一)の少年時代の物語。満州から一人で引き揚げてきた少年の回想であると同時に、コサックの末裔の物語でもある。

「俺が人生で輝いていたのは、10歳、11歳くらいまでだったんだよ。(中略)俺のことを書きたいって、何人もの人が来たよ。でも格闘家ビクトルの話だから、みんな断った。あなたを受け入れたのは、少年ビクトルを書きたいっていったからさ」
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「子供を殺してください」という親たち

押川剛「『子供を殺してください』という親たち」

予備知識無くタイトルだけ見て、精神科医の書いた本かと思って手にしたが、著者は精神病の患者を家族等の依頼で医療機関に繫ぐ「精神障害者移送サービス」の経営者。病識を持つように本人を説得するとともに、受け入れ先の病院を探し、その後の面会等のフォローも手がけている。本書では著者自身が実地で体験したケースを紹介するとともに、現在の日本の精神医療の問題点を指摘している。
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すきあらば 前人未踏の洞窟探検 洞窟ばか

吉田勝次「洞窟ばか」

洞窟はやったことがないけど、むちゃくちゃ楽しそうだ。著者の洞窟愛に、読みつつ、くらくらしてしまう。自分は何をしているのか、本当にしたいことをして生きているのか、と。

少し前まで「探検」や「冒険」はもはや存在しないと思っていた。地理的な空白部は20世紀までにほぼ埋め尽くされ、21世紀の今、Google Earthで見ることができない土地は無いし、費用と時間さえあればどこにだって辿り着ける。と、思っていた。
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世界天才紀行

エリック・ワイナー「世界天才紀行」

「その国で尊ばれるものが、洗練される」

“天才”は不規則に生まれるのではない。特定の時期に、特定の場所に相次いで現れる。

アテネ、杭州、フィレンツェ、エディンバラ、カルカッタ、ウィーン、そして、シリコンバレー。

なぜ、その土地に天才が生まれたのだろう。紀元前のアテネも、ルネサンス前夜のフィレンツェも、当時の世界一の大都市でも先進都市でもなかったし、周辺の都市にすら後れを取っていた。18世紀のエディンバラや19世紀末のカルカッタは言うまでもない。シリコンバレーなんて、田舎のほぼ何もない土地に生まれた。

それぞれの土地でなぜ天才が育ったのか。その答えを求めて著者は旅に出る。
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