猫鳴り

沼田まほかる「猫鳴り」

子を流産した夫婦や思春期の少年のもとに現れ、不思議な存在感を見せる猫。

よくある“心温まる動物もの”ではなく、第1、2部は、登場人物それぞれの人生を通じて濃密な負の心理描写が続く。その分、老いた主人公と老猫の静かな日々がストレートに描かれる第3部が胸を打つ。

困ってるひと

大野更紗「困ってるひと」

闘病記ながら、見事なエンターテイメント。

共感できる所もあれば、できない所もあるけど、そんなのは当然のこと。生きることは大変だけど、自分の生きている場所で、自分なりに頑張ろう、そういう気持ちになれる。
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ポートレイト・イン・ジャズ

和田誠、村上春樹「ポートレイト・イン・ジャズ」

和田誠が描いたミュージシャンの肖像に村上春樹が短いエッセイを付けたもの。文章は気障すぎるけど、ジャズへの思いが伝わってきて、読んでるこちらも色々と聴きたくなる。

名盤ガイドや評伝とは違って非常に個人的な内容だけど、音楽を聴くってのは本来はこういうことなんだな、と思う。

どくろ杯

金子光晴「どくろ杯」

絶望的な困窮の中、妻との問題を抱え、長い放浪の旅が始まる。抑揚の無い淡々とした筆致ながら、人の業の深さと生の力強さに溢れている。はっとするような言葉使いも随所に。

「唇でふれる唇ほどやわらかなものはない」

「うんこの太そうな女たちが踊っていた」

風に舞いあがるビニールシート

森絵都「風に舞いあがるビニールシート」

禄でもないことばかり起きる人生だけど、何かのために、自分のために、頑張っていこう、って感じの短編集。

ほっとする読後感だけど、個人的にはあっさりすぎるかも。予定調和な読みやすさは、ドラマや雑誌向きかも。

夏光

乾ルカ「夏光」

スナメリの祟りでできた顔の痣。耳の奥から鈴の音がする少年……。

ホラーというより、不気味なタッチで世界の残酷さ、少年時代の切なさを描いた感じ。子供の視点が瑞々しくて、デビュー作とは思えない完成度の高さ。
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銀河ヒッチハイク・ガイド

ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイク・ガイド」

銀河バイパス工事で地球を取り壊され、たった一人の生き残りとして放浪の旅が始まる。

最初から最後まで馬鹿げたエピソードが続くが、随所に皮肉が効いているのが、いかにも英国風。激鬱なロボット、マーヴィンがいい味を出している。

「なんだって土んなかに顔を突っ込んでるんだ?」
「非常に効果的にみじめな気分を味わえるからです」

貧困旅行記

つげ義春「貧困旅行記」

鄙びた温泉地を旅し、侘びしい旅籠で煎餅布団にくるまる。世の中から捨てられたような気持ちになり、そこに安らぎを感じる。タイトルから想像されるような貧乏旅行記ではなく、内容も淡々としているが、この時代の日本を旅してみたかったなと思わせる味がある。

「貧しげな宿屋で、自分を零落者に擬そうとしていたのは、自分をどうしようもない落ちこぼれ、ダメな人間として否定しようとしていたのかもしれない。(中略)自分を締めつけようとする自分を否定する以外に、自分からの解放の方法はないのだと思う」

小銭をかぞえる

西村賢太「小銭をかぞえる」

自分の屑さを客観視し、エンターテイメントとして提示する。この視点はかつての私小説には無かった(というより、ここまであっけらかんとしていなかった)もので、読みながら共感はできないが、大変面白い。

町田康が解説で“自由の感覚”と呼んでいるのがしっくりくる。
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東京日記 他六篇

内田百閒「東京日記 他六篇」

日常の中にふと現れる幻。何だかよく分からない違和感―百閒の短編は脈絡の無い話ばかりなのに、不思議な魅力がある。

決して奇抜ではなく、西洋風リアリズムの陰に隠れつつも、古典の時代から、現代だと例えば川上弘美につながる様な、日本の伝統的スタイルの気もする。