水はみどろの宮

石牟礼道子「水はみどろの宮」

九州の山里で、渡し守の祖父と暮らす少女の物語。山犬らん、黒猫おノン、狐のごんの守……。石牟礼道子は、人間と自然の間に境界線が引かれる前の世界を鮮やかに描く。そこで人は山の声を聞き、風のささやきに耳をすませる。人と動物、植物の区別は無く、過去と未来も溶け合う。児童文学として書かれた作品だが、大人にとっても決して読みやすい物語ではない(むしろ感性の凝り固まった大人だからこそ、その世界になかなか入っていけないのかもしれない)。この作品に限らず、著者の作品を読むと、いつももう一つの世界の見え方を思い知らされる気がする。

フリークス

綾辻行人「フリークス」

精神病棟を舞台とした短編ミステリー3本。構成が見事で、あっという間に読み終えられた。ただ舞台が舞台だけに、どんでん返しの意外性が薄く、著者本人があとがきで書いているように、やや若書きという印象も。

リア王

シェイクスピア全集 (5) 「リア王」 

末娘を勘当し、長女と次女に国を譲った後、二人に国を追放される悲惨な老王の物語。中盤以降の狂気ぶりが凄まじい。因果応報という言葉だけでは表現できない人間の愚かさと運命の不条理。「オセロ」などとともに四大悲劇とされるが、スケールの大きさは別格。

宮本常一と土佐源氏の真実

井出幸男「宮本常一と土佐源氏の真実」

宮本常一が記した文章で最も有名な「土佐源氏」。老博労の聞き書きで、前近代の庶民の性に関する民俗学資料として評価されてきたが、そこに創作、脚色が混ざっていることも以前から指摘されてきた。著者は、宮本常一の若き日の恋愛遍歴にまで踏み込んで、土佐源氏に投影された宮本自身の体験を探っていく。
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倒錯のロンド

折原一「倒錯のロンド」

叙述トリックもの。盗作を巡る倒錯。引き込まれてあっという間に読んでしまったし、凝った構成だけど、叙述トリックそのものは中心となる語り手の設定が反則というか、個人的には肩すかし気味。

ツリーハウス

角田光代「ツリーハウス」

家族の物語。満州で出会った祖父と祖母は生きるために戦争から逃げた。敗戦後、戻る場所もなく、根を失ったままバラック街の一角で中華料理屋を始める。子供たちが育ち、孫たちが生まれ、それぞれに不器用に何かを失い、何かを得ながら生きていく。時に迷い、時に「大丈夫だ」というよく分からない感覚に流され、子供は大人に、大人は老人になっていく。そうしていつの間にか、根を失ったはずの自分たちの人生が根を張っていることに気付く。
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死んでいない者

滝口悠生「死んでいない者」

通夜の夜。普段を滅多に顔を合わせない親戚まで、微妙な距離感を持った人々が一カ所に集い、それぞれの人生を思う。といっても一人一人の物語に深く分け入っていくわけではなく、それぞれの頭をよぎった光景をさらっと綴っていく。語りの視点がふわりふわりと移動していき、不思議なリズムを持った文体。この作品そのものはそれほど面白くもないし、やや習作的な雰囲気を感じるが、実力の感じられる書き手で今後の作品に期待大。

決壊

平野啓一郎「決壊」

「悪魔」を名乗る人物からのメッセージが添えられたバラバラ死体が各地で見つかる。悪魔は社会からの「離脱」を呼びかけ、無差別殺人が連鎖する。中盤まではミステリー風の物語展開だが、ミステリーに期待するような種明かしは訪れない。過剰な会話など、むしろドストエフスキー的な思想小説。登場人物一人一人の内面を多視点で徹底的に掘り下げていく叙述は最近の作家では珍しい。
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