すっぽん心中

戌井昭人「すっぽん心中」

短編3本。ひょんなことから知り合った男女がすっぽんを捕りに行く表題作は、乾いたユーモアが最後まで貫かれた傑作。おかしな話なのにどことなくリアルな手触りがある。「植木鉢」「鳩居野郎」は変わったものを書いてやろうという狙いが作品に滲んでしまっている印象。でも面白い。長編を一度読んでみたい。

わりなき恋

岸惠子「わりなき恋」

古希の女性と還暦の男性の恋愛小説。著者自身が投影された主人公は、自分の人生経験に絶対的な自信があって、それ故に成熟できていない。綺麗ごとは、ある時には、他人の目に醜悪に映る。年も性別も性格も違う自分は全く共感できない作品だけど、見たくないものを見せられたような強い印象が残った。

日本宗教史

末木文美士「日本宗教史」

記紀神話に始まり儒教や思想にも触れていて、どのように日本人の“古層”が形成されてきたか、日本精神史とも言える充実した内容。

個人的に、仏教と神祇信仰は二本柱のように独立して存在し、その中間に神仏習合の領域があると考えていたが、実際には両者は互いに影響しあい、大きく変容してきた。特に日本古来の伝統と考えられがちな神祇信仰が、仏教の影響で形成されてきた過程が興味深い。
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ヒッキー・カンクーントルネード

岩井秀人「ヒッキー・カンクーントルネード」

初めてハイバイの舞台を見た時、演劇ってこんなに面白いのか、と思った。
ハイバイは決して奇抜で新しいことをしている劇団ではないが、舞台に小説や映画では表現し得ない奥行きが感じられた。

そのハイバイを主宰する岩井秀人の初小説。再演を重ねている劇団代表作の小説化で、原作の面白さは折り紙付き。そこに小説ならではの面白さも加わった。
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飛ぶ男

安部公房「飛ぶ男」

安部公房の没後に見つかった未完の長篇。未完どころか、まだまだ序盤。なのに、十分面白い。空飛ぶ男が現れて弟と名乗り……。どこで切って読んでも引き込まれてしまうのは、安部公房の描くイメージの一つ一つがこちらの想像力を刺激するからだろう。もっとこの世界を読み続けたかった。

大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇

前田司郎「大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇」

新婚夫婦の地獄旅行。と書くとエキセントリックだけど、読んでみると、あまり起伏がない。映像や、あるいは芝居なら面白く見せられるかもしれないけど、小説ではちょっとゆるすぎかも。独特の地獄のイメージには不思議な魅力があるだけに、文章の平坦さが勿体ない。

俺俺

星野智幸「俺俺」

ふとした思いつきでオレオレ詐欺を働いた途端、俺は別の「俺」になって、「俺」が社会に増殖していく。分かり合える分身の存在に最初は幸福感を抱く「俺」だが、やがて自分の醜悪な面も見続けることに耐えられなくなって「俺」同士の衝突が始まる。こう書くと意味不明だが、自分や他者、社会との向き合い方を、比喩ではなく実際に「俺」をもう一人、さらに一人と次々と登場させて描いていくという実験的手法で、破綻ぎりぎりで完成させている。