すみれ

青山七恵「すみれ」

37歳のレミちゃんと語り手である15歳の少女。「当たり前の幸せなんか、いやだ……」と感じつつ、自分の平凡さに気付いている思春期の少女の苦しみに切実さがある一方で、心を病んでいるというレミちゃんを含む周りの人物の造形にちょっと違和感も。
“すみれ” の続きを読む

ボブ・ディラン自伝

「ボブ・ディラン自伝」

自伝といっても、ぱっと読んだだけではいつのことか分からない部分も多く、決して親切とは言えない内容がこの人らしい。

代弁者と言われることへのいらだち、隠遁生活から「新しい夜明け」への第3章、ダニエル・ラノワとの「オー・マシー」を振り返った第4章などが具体的に語られている一方で、エレクトリックへの転向など、外から見た転機についてはほとんど触れていない。
“ボブ・ディラン自伝” の続きを読む

日本の面影 ―ラフカディオ・ハーンの世界

山田太一「日本の面影 ―ラフカディオ・ハーンの世界」

ラフカディオ・ハーンの半生を描いたドラマの脚本。名シーンが多く、話の見せ方がとにかく巧い。日本が過激な欧化に突き進んだ明治期に来日し、消えゆく日本の面影を愛したハーンが、魅力的に、時にユーモアを交えて描かれている。
“日本の面影 ―ラフカディオ・ハーンの世界” の続きを読む

「菅原伝授手習鑑」精読 ―歌舞伎と天皇

犬丸治「『菅原伝授手習鑑』精読 ―歌舞伎と天皇」

道真伝説を題材とした作品の代表ともいえる「菅原伝授手習鑑」の読み解き。ただの解説にとどまらない刺激的な内容で、予想外の面白さ。

やがて神となる菅丞相は、物語の序盤から無謬で不可侵の存在として描かれ、全てがそこへと捧げられる。奇跡は菅丞相には起こっても、周りの人間には起こらない。

特に、忠義のために我が子を犠牲とする寺子屋の段。これを異常ととるか理想ととるかは、時代を映す鏡とも言える。夫婦の「せまじきものは宮仕え」という嘆きは、明治以降、天皇制が強化される中で「お宮仕えはここじゃわい」と書き換えられる。夫婦の苦しみは、主君への絶対的な忠誠を美徳とする時代に飲み込まれてしまった。

一見すると忠義が全てという物語は現代の目から見れば異常だが、それでも心を動かされるのは、随所に人間性の発露があるからだろう。今再び「せまじきものは~」の嘆きが名場面として上演される時代となったことを幸せに思う。

大坂の非人 乞食・四天王寺・転びキリシタン

塚田孝「大坂の非人 乞食・四天王寺・転びキリシタン」

都市の形成とともに乞食が集団化し、新たな貧人の統制を担い、やがて町奉行所の御用を担うようになっていく。大坂ではそこに四天王寺との関係も絡み、垣外仲間=非人は、えた身分と別れて独自の組織化が進んだ。転びキリシタンがその中核を担ったというのも興味深い。
“大坂の非人 乞食・四天王寺・転びキリシタン” の続きを読む

仏果を得ず

三浦しをん「仏果を得ず」

文楽の世界を舞台にした青春小説。役の性根を掴むことに苦心する主人公を通して、熱心な文楽ファンという三浦しをん自身の作品観も伺えて面白い。

古典は理解に苦しむ話が多いが、その雑多さは受け取る側に向かって開かれている。小説中に作品名が次々と出てくるが、解説くささが無く、著者自身かなり楽しんで書いたのでは。
“仏果を得ず” の続きを読む

黙阿弥

河竹登志夫「黙阿弥」

河竹黙阿弥の評伝だが、天覧劇を巡る関係者の思惑など、江戸~明治の大変動期を描いた読み物としても無類の面白さ。

時代の転機は歴史上数あれど、これほど短期に、作為的に文化の変革が試みられたことは少ない。義太夫や花道は陋習なのか。歌舞伎は荒唐無稽なのか。演劇改良運動など、歌舞伎のあり方をも一変させようとする欧化の嵐の中で、江戸を代表する作者は嵐を黙してやり過ごし、引退を元の木阿弥として死ぬ直前まで書き続けた。
“黙阿弥” の続きを読む

歌舞伎の源流

諏訪春雄「歌舞伎の源流」

舞台、櫓、看板のあり方、隈取、花道、型の成立など、歌舞伎の諸要素の源流はどこにあるのか。日本の芸能というと謡曲、浄瑠璃、歌舞伎を直線的に理解してしまうが、浄瑠璃のルーツの一つに中国の変文があることなど、常に大陸からの影響を受けて日本の伝統芸能は形作られてきたことが分かる。
“歌舞伎の源流” の続きを読む

枯木灘

中上健次「枯木灘」

再読。中上健次の他の作品はよく読み返してきたが、代表作とも言えるこの作品は高校のころ以来かも。当時、なぜ自分がこの作品に強く惹かれたのか、そして今読んでもなぜ心が揺さぶられるのか分からない。文章は、冗長で、くどい。ただ、そこに胸が詰まるほどの切実さがある。

この小説に物語は書かれていない。書かれているのは、登場人物の行動とさらに思考も含めて、全てが情景描写にすぎないと言える。ただ、その背後に、豊穣で、読み手を痛みとともにその中に引きずり込む物語が存在している。