宮藤官九郎「きみは白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で) 」
宮藤官九郎初の小説と銘打っているが、読んだ印象は文体も含めてかなりエッセイに近い。
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読んだ本の記録。
宮藤官九郎「きみは白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で) 」
宮藤官九郎初の小説と銘打っているが、読んだ印象は文体も含めてかなりエッセイに近い。
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有吉佐和子「紀ノ川」
明治から大正、昭和へ、社会が大きく変わっていった時代を描いた女三代記。
家父長的な旧家の盛衰を題材としながら、そこを貫くのは男の系図ではなく、母への反発と共感を繰り返しながら女から女へと受け継がれる血筋。
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村上春樹「女のいない男たち」
シンプルに“村上春樹の恋愛小説集”といえるような一冊。これまでの長編にちりばめられていた恋愛絡み、特に別れの要素を短編小説として仕上げた感じ。
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石牟礼道子「葭の渚」
石牟礼道子の自伝。といっても内容は「苦海浄土」を書くまでで、幼い頃の描写が多くを占める。
天草の海、零落した家、避病院と火葬場近くの新居、気がふれた祖母のおもかさま、早世した伯父、戦争、戦災孤児の少女との出会い……
悲惨な体験も著者の語りにはどこか光が差している。
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河竹登志夫「舞台の奥の日本 ―日本人の美意識」
舞台芸術を通じた日本文化論。
日本の舞台は「再現」では無く「示現」の芸術であり、劇的葛藤より、葛藤後の道行などを最大の見せ場とすることに象徴されるように、情感こそ全てに優先される。見得など絵面が重視され、殺人のシーンさえ、それでひとつの見せ物として完成させてしまう唯美的な芸能とも言える。
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有吉佐和子「ふるあめりかに袖はぬらさじ」
露をだに厭う倭の女郎花、ふるあめりかに袖はぬらさじ
自ら命を絶った遊女、亀遊は攘夷の嵐の中、偽りの辞世の句まで添えられ、攘夷女郎としてまつりあげられる。親しかった芸者、お園は時代の空気に流され、虚構を語り継ぐ。
伝説は求める者がいて生まれる。まさに現代社会にも通じる作品。
実際に玉三郎のお園で上演されているが、読んでいて歌舞伎の舞台が目に浮かぶような台詞の数々が素晴らしい。
併録の「華岡青洲の妻」も小説の戯曲化で、献身的な妻と母、その対立に気付きながら利用していた青洲、誰一人として本心を喋らない。シンプルな台詞のやりとりに息が詰まるような緊張感が漂う。
ラフカディオ・ハーン「新編 日本の面影」
ハーンの代表作の一つ、「知られぬ日本の面影」の新編集版。ただの紀行文にとどまらない記述の密度に驚かされる。かなり丁寧に話を聞き、寺社仏閣の由来から民間伝承まで細かく書き込んでいる。情景描写は小説のよう。
「神々の国の首都」「杵築」「日本の庭にて」などでハーンの書く日本はこの上なく美しい。
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網野善彦「列島の歴史を語る」
網野善彦の講演集。内容的には他の著書と同じだが、歴史を非農業民や境界領域から見つめなおし、東と西の政治的、文化的差異や大陸とのつながりを重視するという網野史学のエッセンスがつまっている。
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