阪急電車

有川浩「阪急電車」

阪急今津線が舞台の連作短篇。小さな出会い、別れ、恋の始まり……個々のエピソードはべったべただけど、爽やか。タイトルからはもっと関西色が強い小説かと思ったら、そんなことはなくて、どこにでもありそうな鉄道沿線の物語。通勤、通学、休日のお出かけ。電車が暮らしの中にある人、すべてにおすすめ。

日本のいちばん長い日

半藤和利「日本のいちばん長い日 ―運命の八月十五日」

「これより謹みて玉音をお送り申します」

“御聖断”が下った8月14日正午から終戦の詔書が放送される翌15日正午までの24時間。

戦争を終わらせ、玉音放送の準備に奔走する人々と、宮城を占拠し、クーデターを進める青年将校。“国体”をどう捉えるか。帝国がどのように最期を迎えたのか。史実の一解釈に過ぎないとしても、息が詰まるようなドキュメント。鈴木貫太郎首相のバランス感覚と、自刃する阿南惟幾陸相の潔さが特に印象的。

わたしが出会った殺人者たち

佐木隆三「わたしが出会った殺人者たち」

永山則夫、宮崎勤、麻原彰晃、宅間守…刑事裁判の傍聴を生業とし、幾多の犯罪小説を書いてきた著者の回想録。雑誌に連載したエッセイなので一篇一篇の内容はちょっと物足りないけど、著者と“殺人者”双方の人柄が伝わってきて興味深い。

どうしても、報道の向こう側にいる事件の関係者への想像力は欠けがちで、中でも加害者に思いを巡らすことは少ない。自らを小説にしてくれと持ちかけ、著者が喪主まで務めた山川一のエピソードが印象的。

唐草物語

澁澤龍彦「唐草物語」

藤原清衡、プリニウス、花山院、徐福…古今東西の故事、物語を換骨奪胎し、事実と空想が融け合う白日夢のような世界。作者=語り手が前面に出てきて、小説なのかエッセイなのかも分からない自由な語り口。知識が世界の広さ、奥行きだとしたら、博覧強記の人、澁澤龍彦には現実世界もこのように見えていたのかもしれない。

ドン・ファンの教え

カルロス・カスタネダ「ドン・ファンの教え」

ヤキ族の呪術についての民族誌の形をとりながら、完全なフィクションという指摘もある不思議な本。幻覚性植物の体験が延々と綴られ、読み終えると別の世界を見てきたようで、すーっとする。

それぞれの民族にとって世界は違った形をしている。時間の流れも、死と生の境目も、人間と非人間の区別も異なる世界がある。

ドン・ファンは、いかに“知者”になるかを説く。いかなる道も道にすぎず、知者は心ある道を行く。知者の4つの敵は、恐怖、明晰さ、力、老齢。その旅は死ぬまで終わることはない。

兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録

松本仁一「兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録」

敗戦間近の沖縄。部隊でただ一人生き残った兵士は、ある家族に助けられ、沖縄県民と身分を偽って、米軍が設けた避難民キャンプの教師になる。

沖縄に送られた日本兵が何を思ったのか。ひとりの“兵隊さん”と人々がどう関わったのか。
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ヘヴン

川上未映子「ヘヴン」

中学を舞台に、いじめを取り上げたストレートな小説。この歳になったから平気で読み進められるけど、なかなかきつい小説。

それぞれのいる立場は偶然に過ぎなくて、選べる行為もあれば、選べない行為もある。いじめのシーンは執拗で、単調で、戯画的でもある。でも、いじめというのは外から見ればそういうものなのだろう。

西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史

阿部謹也「西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史」

粗野で生者に災いをなす死者は、キリスト教と共に、生者に助けを求める哀れな死者へイメージを変えた。アイスランド・サガなどからの引用で古代ゲルマンの世界観を説明しながら、キリスト教がどう受容されていくのかを描く。
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