ちいさな王子

サン=テグジュペリ「ちいさな王子」

光文社の新訳。「星の王子さま」で知られる内藤濯訳を読んだのは中学か高校の時だったから良く覚えていないけど、この新訳は童話調の表現を廃したシンプルな文体で、物語の芯がよりはっきり浮かび上がっている。70年前の作品というのが信じられない。大人向けの寓話としてはこれ以上のものは存在し得ないだろう。
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歎異抄

唯円「歎異抄」(川村湊訳)

歎異抄の関西弁訳。正直、読みにくく、元々口語で書かれたものだからといって関西弁にする必然性もあまり感じられない。そもそも、訳の関西弁の質も低い気がする。

歎異抄自体は以前にも読んだことがあるが、改めて触れ、親鸞の「無思想」の強調ぶりや構成の不自然さ、教義と言うより、非常に私的な記録と言えることなど、改めて気づくことも多かった。

ミャンマーの柳生一族

高野秀行「ミャンマーの柳生一族」

軍政を幕府、軍情報部を柳生一族に例えた異色の旅行記。船戸与一の取材旅行に同行してミャンマーに入った短い期間のものだが、何でもエンターテイメントに仕上げてしまう著者の力技に感動。アウンサンスーチー率いるNLDと軍政の対立について、民主化運動と単純に捉えるのではなく、少数民族側の視点でお家騒動に過ぎないとするあたり、結構鋭い指摘も。船戸与一の泰然自若ぶりも面白い。

共喰い

田中慎弥「共喰い」

古風だが、いわゆる擬古的なものではなく、著者にとってはこれが自然だったのだろうと思える作品。性と暴力の象徴ともいえる父との葛藤や、土地の匂いを感じさせる言葉は中上健次を彷彿とさせる。「枯木灘」くらいの分量があると強烈な作品になったと思う。ちょっと短かい印象。

道化師の蝶

円城塔「道化師の蝶」

円城塔の作品は、よく分からんけどいい感じ、という不思議な魅力がある。他の著者の前衛的と言われる難解な作品と比べ、構造への強い意志が感じられる。自ら受賞の言葉で示唆しているように「複雑系」の構造と部品を楽しむ小説か。

すべて真夜中の恋人たち

川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」

文体先行の印象が強かったこれまでの作品からは意外なほどストレートな恋愛小説。真夜中、光、というキーワードをちりばめた物語と文章が美しい。

初老の物理教師と“冬子さん”。読んでいて「センセイの鞄」がちらついて仕方なかったが、最後まで読むとそれなりに別物。衰えつつある男性と未成熟な大人の女性というのは、現代の恋愛小説の定番の一つになるのかもしれない。

日本妖怪異聞録

小松和彦「日本妖怪異聞録」

酒呑童子から百鬼夜行まで、フィクションとしての妖怪はどうして生まれたのか。

朝廷や仏法の権威を示すものから、社会の不安、不満を色濃く映したものまで鬼や天狗のイメージの変遷。妖怪とは、まさに多神教的な、人間中心の世界観の産物と言えるかもしれない。
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崩れ

幸田文「崩れ」

まるで非常に重いテーマの小説かのようなタイトルだが、「崩れ」は比喩ではなく、そのまま。

大谷崩れから有珠山まで、各地の地崩れを憑かれたように見て歩いたエッセイ。
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夏の闇

開高健「夏の闇」

日本でもベトナムでも無い異国の地で、眠り、食、性の描写が続く。

ベトナムが舞台だった「輝ける闇」より文体や思考は濃密になっているのに、そこには生の実感と呼べるようなものがほとんど無い。現実の近さを取り戻すためには、ベトナムに戻るしかないのだろうか。
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