郊外の国道沿いにチェーンのレストランや衣料品店が並ぶ無個性な地方都市。そんな街に暮らすことの“退屈”を主題とした短編集。主人公のほとんどは10~20代の女性で、都会に出て行くことに憧れているか、かつて暮らした都会に心を残してきている。
地方都市の描き方がステレオタイプすぎる気はするものの、そのステレオタイプがあながち間違いでもないのがまさに地方の閉塞感であり、地方から都会に出て暮らしている人間として、個人的に共感する部分も多かった。
“ここは退屈迎えに来て” の続きを読む

読んだ本の記録。
郊外の国道沿いにチェーンのレストランや衣料品店が並ぶ無個性な地方都市。そんな街に暮らすことの“退屈”を主題とした短編集。主人公のほとんどは10~20代の女性で、都会に出て行くことに憧れているか、かつて暮らした都会に心を残してきている。
地方都市の描き方がステレオタイプすぎる気はするものの、そのステレオタイプがあながち間違いでもないのがまさに地方の閉塞感であり、地方から都会に出て暮らしている人間として、個人的に共感する部分も多かった。
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戦国時代屈指の悪役で、謀将、梟雄と恐れられた宇喜多直家をめぐる連作短編集。表題作はオール讀物新人賞を受賞した著者のデビュー作だが、短編とは思えない広がりを持ち、作家としての大器を感じさせる。
“宇喜多の捨て嫁” の続きを読む
青々と茂った木々の間を、家族連れや観光客、ジョギングで汗を流す男女が行き交う。広大な敷地が緑に覆われ、穏やかな空気の流れる大阪城公園だが、1960年代までそこには見渡す限りの焼け跡が広がっていた。
梁石日の「夜を賭けて」は、その焼け跡を舞台とした青春小説。アパッチ族と大村収容所という忘れられた歴史事実に光を当て、時代に翻弄され続けた在日コリアンの戦後史を描き出している。
“夜を賭けて” の続きを読む
“奇界遺産”の撮影を続けるカメラマンのエッセイ集。タイの地獄寺から、台湾のアウトサイダーアート村、トーゴの呪術市場、南米のUFO目撃スポットまで。さらに、イタリアでは澁澤龍彦の足跡を辿り、諸星大二郎とパプアニューギニアを訪れる。
“奇界紀行” の続きを読む
オーストラリアの先住民アボリジナルは、広大な大地の上にソングラインと呼ばれる独自の道を持つという。木や岩、泉、大地の上に存在する無数のもの。それらを歌を通じて記憶し、伝え、旅をする。それは道というよりも地図であり、世界そのものの点描と言えるかもしれない。
夭逝した英国の作家、ブルース・チャトウィンは、自身も旅を繰り返し、人はなぜ旅するのかということを問い続けた。代表作の一つ「ソングライン」は紀行文のスタイルを取りながら、そこに創作や、思索のメモが膨大に折り込まれ、旅を巡る終わりなき考察に読者を誘う。
“ソングライン” の続きを読む
「中島らもエッセイ・コレクション」(小堀純・編)
中島らものエッセイ集。「生い立ち・生と死」「酒・煙草・ドラッグ」「文学・映画・笑い」「不条理と不可思議」「性・そして恋」など、テーマごとにまとめられたベスト盤的な内容。
型破りな生き方をして早世したイメージが強い作家だが、丁寧に編まれた本書を通じて浮かび上がるのは、その博覧強記ぶりと、他者に向き合う時の真摯さだ。ニヒリストでありながら、ヒューマニスト。恋に関する文章では、ロマンチストでセンチメンタリストな一面ものぞく。
“中島らもエッセイ・コレクション” の続きを読む
芸者。日本文化のアイコンの一つとされながら、その実態はよく知られていない。遊女と混同されることもあるが、吉原などの廓において職掌は明確に分けられ、芸者の売色は固く禁じられてきた。新橋演舞場に勤め、東都の名妓に長年接してきた著者による本書は、古代の巫女にまで遡って芸者と遊女の本質を探る優れた日本文化論となっている。
“花柳界の記憶 芸者論” の続きを読む
主人公は中年の売れない作家。エリート医師としてのキャリアを積みながら、パニック障害を発症して働けなくなった妻とともに故郷の山村に帰り、そこで堂守のおうめ婆さんを始めとする人々と出会う。百歳を前に自然と共に生きるおうめ婆さんの含蓄に富んだ言葉が、作品の大きな幹となっている。
“阿弥陀堂だより” の続きを読む
ユージン・オニールの代表作の一つ。1930年公開の映画はグレタ・ガルボが主演し、トーキー黎明期の名作として知られている。
“アンナ・クリスティ” の続きを読む