麦ふみクーツェ

いしいしんじ「麦ふみクーツェ」

音楽家を目指す少年の物語。ファンタジーのような雰囲気だけど、内容はストレートなビルドゥングスロマン。

この世に生きる誰もがへんてこで、へんてこは自らのわざを磨いて生きていくしかない。少年が自らの“へん”を受け入れる瞬間が鮮やかに描かれていている。これを中学生くらいで読めていたら、どう感じただろう。
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売笑三千年史

中山太郎「売笑三千年史」

神代から明治まで、売笑の歴史を総覧する大著。

膨大な史料を引用し、宗教的行為としての売色から始まり、巫女から巫娼へ、そして遊行婦、浮かれ女、白拍子、娼妓、芸妓……とその変遷を辿っていく。ただの性産業の歴史ではなく、婚姻形態の移り変わりや、武士の台頭など社会の変化を映し出していて興味深い。
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維新派大全 ―世界演劇・世界劇場の地平から

「維新派大全 ―世界演劇・世界劇場の地平から」

約15年前にまとめられた維新派に関するムック。野外の特設劇場という舞台芸術の一回性を突き詰めた公演を続ける維新派について書かれた本は極めて少なく、貴重な記録。

個人的に、昨年の犬島公演や、今秋の大阪公演では、海や移民、都市の記憶を舞台上に立ち上がらせ、歴史をこう表現することができるのかと衝撃を受けた。

ヂャンヂャン☆オペラという手法を確立し、集団が成熟期を迎えたころに書かれた評論やインタビューが中心で、松本雄吉と維新派の“核”がなんとなく分かる。

仲蔵狂乱

松井今朝子「仲蔵狂乱」

孤児の身の上から歌舞伎の大看板まで駆け上がった初代中村仲蔵の生涯を描く。どん底の下積み生活から苦難の末、座頭、千両役者に。江戸三座の興亡から、団十郎、幸四郎といった他の大名跡を巡る役者達の思惑、陰謀、さらに田沼意次の出世、失脚、度重なる大火、飢饉、米価の上昇、打ち壊しといった時代背景も描かれ、ただの人間ドラマにとどまらない緊張感がある。普段、時代小説はほとんど読まないのだけど、かなり引き込まれた。

続・文楽の研究

三宅周太郎「続・文楽の研究」

昭和初期に書かれた評論と随筆集。豊竹山城少掾、吉田栄三ら名人の逸話や、文楽の危機について。

著者は後継者難から文楽の未来を悲観しつつ、歌舞伎などに比べて往時の形態、技芸を忠実に現在に伝えているとその価値を高く評価している。当時既に衰退著しかった淡路人形浄瑠璃についての記述もあり、芸が変わらずに受け継がれてくることの難しさを思わされる。
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浮浪児1945‐ 戦争が生んだ子供たち

石井光太「浮浪児1945‐ 戦争が生んだ子供たち」

戦後街に溢れたストリートチルドレンがどう消えていったのか、彼らがその後どのように生きて来たのか、あまり語られることのなかった浮浪児の戦後史。当然それは一括りに一般化して語れるものではなく、あくまで個人の物語を積み上げる作業となる。

地下道での生活、闇市での仕事、テキヤ、ヤクザ、パンパンとの交流、孤児院、脱走、そして経済発展……

ここに語られているのは主に東京大空襲と上野の町の記憶だが、戦後の日本全体、さらには現在の世界各地の都市に通じる普遍性を持った証言でもある。

桜の園

チェーホフ「桜の園」

チェーホフの代表作の一つ。時代の変化とともに没落していく家族の姿を描いた戯曲だが、悲劇の湿っぽさはなく、乾いた、おおらかな空気が流れている。喜劇としてこれを書くセンス、抑制された会話、背後に流れる物語の広がり。隙なく完成された作品。

文福茶釜

黒川博行「文福茶釜」

古美術、骨董を巡る騙しあいを描いた短編集。“だまされた方が悪い”という、究極のエンターテインメントとも言える世界。贋作の技術や初出しの手口など、刺激的で、なかなか勉強になる。短編ながらしっかりオチが付いていて、読んだ満足感も高い。いかにもな推理小説臭が無く、乾いた大阪弁も気持ちがいい。何となく手に取った一冊だけど、予想外の面白さ。

八つの小鍋 ―村田喜代子傑作短篇集

村田喜代子「八つの小鍋 ―傑作短篇集」

一人の老婆の背後にどれだけの物語が隠れているのだろう。何気ない日常における想像力の豊かさ、そしてその想像力が追いつかないほど世界が豊穣で、底知れないものであることに気付かされる作品集。描かれているのは何てことのない場面ばかりなのに不思議な広がりを持っている。

文楽芸と人

安藤鶴夫「文楽芸と人」

安藤鶴夫による文章が3編収録されているが、山城小掾となる前の古靭太夫の芸談と、紋十郎の評伝が特にすばらしい。古靭の芸談は戦争による連載中止で途中で終わってしまっているが、若き修行の日々を丁寧に語っていて、それ自体がひとつの浄瑠璃のよう。そして花形として一時代を築きながら三和会の会長となって苦難の日々を送った紋十郎の半生。住太夫や簑助がまだ入門したてで、現在の文楽協会の前史とも言える物語。当時の空気を伝えていて読み応えがある。