村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
村上春樹としては驚くほど“分かりやすい”作品。
これまでの中~長篇は、どれも文章にも物語にも、調和を崩す、解釈を拒むような要素や表現があったが、それがない。昔の作品のように喪失感や疎外感を書きながら、その先を書いている点で、過去の作品とは決定的に違う。かつて書けなかったものを書こうとしているようだ。
村上春樹の現在の立ち位置をはっきりと示している作品と言え、「神の子どもたち~」以降試されてきた三人称にも、今回初めて違和感を感じなかった。

読んだ本の記録。
高山文彦「火花 北条民雄の生涯」
「何もかも奪われてしまって、ただ一つ、生命だけが取り残された」と「いのちの初夜」で書いた北條民雄。
「社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡び方では決してないのです」
癩を病み、23歳の若さで夭逝するまで生きることの恐ろしさを極限化した生を見つめ続けた。その作品は究極の所で、生を肯定する叫びとなった。
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ドナルド・キーン「能・文楽・歌舞伎」
圧倒的な知識とそれに基づく理解の深さ。能の解説書などで、「幽玄」といった概念は曖昧な説明になりがちだが、原文が英語で書かれているためか、西洋的・分析的な考え方に染まってしまった現代日本人にも分かりやすく書かれている。初心者にとっては最良の概説書だろう。
著者の生き方を見ていると、文化とはただそこにあるものではなく、選び、学び取っていくものだと感じる。
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古川隆久「昭和天皇 『理性の君主』の孤独」
昭和天皇関連の資料は近年明らかになったものが多く、それらの研究を踏まえた丁寧な一冊。立憲君主制と国際協調、徳治主義を理想とし、それ故に孤独に悩んだ一生がはっきりと浮かび上がる。
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