冥途・旅順入城式

内田百閒「冥途・旅順入城式」

悪夢。悪夢のような、ではなく、本当に夜みる夢のように不思議で、とらえどころのない話。漠然とした不安や焦燥感、恐怖、執着心が形を変え続いていく。

漱石の「夢十夜」の雰囲気が濃いが、もっと向こうの世界に近い感じ。処女作品集とは思えない。

わたしの旅に何をする。

宮田珠己「わたしの旅に何をする。」

活字で笑うことはめったにないけど、この人の文章は思わず吹き出してしまう。内田百閒の「阿房列車」的な面白さ。

冒頭から「会社なんか今すぐ辞めてやる、そうだ、今すぐにだ、という強い信念を十年近く持ち続けた意志の堅さが自慢である」とのあほらしさ。

池澤夏樹の世界文学リミックス

「池澤夏樹の世界文学リミックス」

古今東西の文学作品を軽妙な文章で渡り歩くエッセイ集。タイトルはちょっとださいけど、大変面白い。とにかく本を読みたくなる。

世界には数え切れないほど多様な物語があるし、読み切れないほど多くの本がある時代に生まれたことを幸せに思う。

庶民の発見

宮本常一「庶民の発見」

人々がどう暮らしてきたか。語られなかった歴史を訪ね歩き、膨大な記録を残した宮本常一。

家族、生業、教育、伝承……と、テーマが網羅的で他の著作よりやや堅さがある一方、所々に“庶民”の記録に生涯をかけるという熱気も感じられる。話題は日本全土に及び、改めて巨人だと思う。

ペンギン・ハイウェイ

森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」

科学の子である“ぼく”は、お姉さんとペンギンの研究を進める。少年時代への郷愁が漂う、ちょっと大人向けの少年小説。

これまでの作品で器用な作家だとは思っていたけど、それだけじゃないと確信。読んでいて心が温まるすてきな1冊。

ワセダ三畳青春記

高野秀行「ワセダ三畳青春記」

いいなあ、大学に戻りたくなってしまった。

アパートの三畳間を駆け抜けた青春人模様。最後、恋してアパートを離れる決意をするところは心がほっとしてしまった。すてきな1冊。

空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

角幡唯介「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」

チベットのツァンポー峡谷に残された未踏の5マイルに挑んだ記録。

石川直樹は神田道夫を題材に「最後の冒険家」という本を書いたが、この本からは現代でも“冒険”はし得るという強い思いを感じる。それはかつてに比べればずっと個人的なものだけど。

アラスカ 永遠なる生命

星野道夫「アラスカ 永遠なる生命(いのち)」

写真にも文章にも自然への畏敬と優しさが溢れている。こんな言葉とまなざしを持ちたい。

巻末の父の言葉。「動物がどこにいるか探さないとわからないような写真。道夫らしい撮り方だと思います」。小さな命と大きな自然。シンプルだけど、それを1枚で感じさせる写真家は他にいない。

岬・化粧他 ―中上健次選集12

「岬・化粧他 ―中上健次選集12」

「重力の都」は息苦しさを感じるほど。

谷崎の後に中上があるが、その後は無い。中上の死で日本の近代文学が終わったと言われるが、それに納得してしまうだけの作品。