山背郷

熊谷達也「山背郷」

東北の山村、漁村を舞台とした短編集。明治から昭和にかけて、まだ人間が自然と直接向き合っていた時代の人の生き様を真正面からとらえている。どれもあっという間に読めてしまう短さだけど、東北訛りの会話の味わいもあってしっかり心に残る。いまどき珍しいくらいまっすぐな小説。「御犬殿」「川崎船(ジャッペ)」の2編が特に良い。

笙野頼子三冠小説集

笙野頼子「笙野頼子三冠小説集」

非現実的な妄想が延々と続くなど、リアリズムと対極にあるようで、思考の流れに逆らわないという点では、読んでいてリアリズムのような印象も受ける不思議な小説。決して難解ではなく、文章は読みやすい。「地下室の手記」を彷彿とさせる私小説的な「なにもしてない」。幻想小説のような「二百回忌」。マジックリアリズムで現代日本を描いたという感じの「タイムスリップ・コンビナート」。3作ともスタイルは全然違うのに手触りはどれも似ている。

猛スピードで母は

長嶋有「猛スピードで母は」

「サイドカーに犬」では父と愛人、「猛スピードで母は」には母。どちらの作品も小学生の視点で綴られ、奔放で個性的な大人が出てくる。そうした親を持つ誇らしさ、「自分」というものを持った大人への憧れ、同時に、大人として生きることのつらさへの慈しみのようなものも滲む。さらっと読めてしまう一見特徴のないシンプルな文章がかえって余韻を残す名短篇。

かわいそうだね?

綿矢りさ「かわいそうだね?」

三角関係を描いた結構ストレートな恋愛小説だけど、最後のカタルシスが著者ならでは。100%女性視点な描写と物語なのに、男が読んでも引き込まれてしまう。併録の「亜美ちゃんは美人」は、美人の親友を持った心境を描く。これも面白い。

悪人

吉田修一「悪人」

殺人事件を描きながら、ひとりとして純粋な悪人はいないし、一方で誰もが醜悪。 ドキュメンタリーを見ているような群像劇。登場人物が皆、俗っぽく、だからこそ他人事と思えないリアルさがあるし、自分の見たくない面を見せられているような嫌悪も湧いてくる。

人気作家ながら「パークライフ」しか読んだことが無かったけど、これを機に他の作品にも手を出してみようという気になった。

巨流アマゾンを遡れ

高野秀行「巨流アマゾンを遡れ」

アマゾンを河口ベレンから源流のミスミ山まで遡る。といっても密林をかきわけて進むような冒険ではない。アマゾン本流はあくまで人々の生活の場。町から町へ、人から人へと繋がっていく旅。著者が大学生の頃にまとめた旅行記で、少し肩に力が入った感じの文章も面白い。

自分も大学の頃に南米を一ヶ月半ほど旅したけど、アンデス地域のみだった。こんな旅もしてみたかった。

春のめざめは紫の巻 新・私本源氏

田辺聖子「春のめざめは紫の巻 新・私本源氏」

須磨から帰ってきた光の君。といっても「私本・源氏物語」の単純な続編ではなく、玉鬘や女三宮ら女性側の視点で描かれ、設定が変わっている部分もある。未だ絶大な人気を誇りながら、若い姫からは「色男の化石」「オジン」と呼ばれてしまう光の君が哀愁漂って何とも面白い。男性視点だった前作よりも登場人物が皆いきいきしていて魅力的。