ジュージュー

よしもとばなな「ジュージュー」

下町のステーキハウスをめぐる人間模様。書かれている内容は決してほのぼのとしているわけではないのに、あたたかい空気が漂う。現実の生臭さは巧みに消され、じゅーじゅーと焼かれる肉の音とにおいが作品世界に満ちている。大人向けのおとぎ話という感じ。

昨夜のカレー、明日のパン

木皿泉「昨夜のカレー、明日のパン」

夫婦作家、木皿泉の連作短編。夫の死後、ギフ(義父)と暮らす女性の話を始め、何気ない日常が鮮やかに描かれる。

たとえば、死期が迫る夫の病室からの帰り、焼きたてのパンの香りで、悲しみの中にも幸せは存在し得るし、幸せの中にも悲しみはある、と思う場面。「悲しいのに、幸せな気持ちになれるのだと知ってから、テツコは、いろいろなことを受け入れやすくなったような気がする」。幸せや不幸せという言葉にあまり囚われないようにと、読んでいるこちらもしみじみと感じる。
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麻雀放浪記

阿佐田哲也「麻雀放浪記」

   

戦後を代表する大衆小説の一つであり、日本文学史に燦然と輝くピカレスクロマン。色川武大は好きな作家の一人だが、阿佐田哲也名義の小説は読んだことが無く、いまさらながら手に取った。

半自伝的小説で、戦後間もない頃の裏社会、というより裏も表も渾然となった社会で、今では考えられないような生き方をしていた人々のことが生き生きと描写されている。運もイカサマも全て力で、力で劣る者は負けて裸になるしかない。生きるとは戦いで、ならば博奕打ちとは最も純粋な生きざまなのかもしれない。そんなことを思わされる。自分にはそんな純粋な生き方はできないけど。
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夜行

森見登美彦「夜行」

つい読んでしまう作家の一人。饒舌で阿呆な文章が魅力の書き手だけど、この作品は静かな怪奇譚。初期の短編集「きつねのはなし」に近い。「夜行」という連作版画を巡り、身近な人が忽然と消えるなどの不思議な話が登場人物一人一人の口から語られていく。物語を反転させ、余韻を残す最終章がみごと。
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嵐のピクニック

本谷有希子「嵐のピクニック」

大江賞受賞作。過剰な自意識をドロドロとコミカルの間で書くと上手い作者だが、ここに収められた13本の短篇は、寓話のような、シュールレアリスムのようなものが中心。ボディビルに目覚める主婦の話や、動物園の猿山で起こった奇跡、悪の組織と戦う隣家の少女など、1作ごとに作風が変化して飽きさせない。作家としての力量を感じさせる一方、完成された短篇小説というよりは、創作メモのような印象(即興的に書き上げたらしいので、当然かも)も強く、ここからもっと発展させることができるのではという物足りなさも。

ミステリーの書き方

日本推理作家協会「ミステリーの書き方」

現役ミステリー作家に、プロット、人物描写、トリック等さまざまな観点から創作手法を聞き、寄稿とインタビューでまとめた一冊。綾辻行人や有栖川有栖ら新本格派から、東野圭吾、石田衣良といったジャンル横断型、大沢在昌、船戸与一らハードボイルド系まで、顔ぶれも豪華というか主要作家はほぼ網羅。書き方指南というより、それぞれの作家の小説観や創作姿勢が伺えて面白い。経歴を並べるよりも雄弁な作家名鑑になっている。
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山猫の夏

船戸与一「山猫の夏」

南米の田舎町、いがみ合う両家の娘と息子が駆け落ち――というと「ロミオとジュリエット」のようだが、こちらはずっと凄惨。追跡のために呼ばれた山猫と呼ばれる日本人を中心に展開するハードボイルドな冒険小説。ヴェローナの両家は子供達の死で和解するが、この作品の舞台エクルウでは両家は殺し合いに突入し、そこに腐敗した軍や警察の欲望が交錯する。スケールの大きさに圧倒されつつ、700ページ超の大部を一気に読了。

錦繍

宮本輝「錦繍」

元夫婦の間で交わされる書簡体小説。肝心なことにはなかなか触れず、だからこそ切なく美しい文章。不倫の末の心中未遂事件など、物語そのものには決して共感できないのに心が揺さぶられるのは、手紙を交わす二人が、過去にとらわれつつも、その過去を憎みきれず、むしろその過去に背を押されるように生きているように見えるからだろうか。

なぜそれほど大切なのか自分でも分からない過去の情景。誰もがそんな記憶を心の内に持っていて、意識してもしなくても、その不思議な輝きこそが今を支えている。