誕生日の子どもたち

トルーマン・カポーティ「誕生日の子どもたち」

村上春樹訳によるカポーティの短編集。「無頭の鷹」以外は幼年期を描いた作品から選ばれている。カポーティの作品は既存の日本語訳も素晴らしいが、幼年期ものの名品をまとめて読むことができ、「冷血」や「ティファニーで朝食を」では分からない作家の素顔を知ることが出来る。訳文もフラットで読みやすい。
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旅ときどき沈没

蔵前仁一「旅ときどき沈没」

 

一箇所に長逗留することをバックパッカーの間で沈没というが、かつてはインドや東南アジアの安宿に何ヶ月も滞在して、日がな一日何をするでもなく過ごしているような人が何人もいた。沈没にも程度があって、旅の合間に沈没する人と、沈没の合間に旅(というより移動)をする人がいて、後者は物価の上昇などで最近は絶滅危惧種になりつつあるようだ。

本書は1994年刊。80年代後半~90年代前半の旅を中心に、アジアからアフリカまで旅先で出会った人々の話がイラスト付きで紹介されている。移動しなければ見られない景色があるように、一箇所に留まることで出会う人や光景がある。
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人間の大地

サン=テグジュペリ「人間の大地」

飛行士としての経験を綴ったエッセイ集。僚友たちとの友情や、砂漠に不時着し生死の境をさまよった五日間など、「夜間飛行」「ちいさな王子(星の王子さま)」の原点となった体験が分かる。

計器等が未発達だった時代、飛行士は死と隣り合わせの職業だった。同時に、飛行機の翼を得ることで、人類は初めて“人間の土地”を外から見ることが出来た。そこに文学が生まれるのは必然だったのかもしれない。
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夕子ちゃんの近道

長嶋有「夕子ちゃんの近道」

骨董屋の二階に居候することになった「僕」の目を通して、店長、常連客、大家とその孫姉妹といった人々との日常が綴られる。

著者の他の作品と同様、物語に大きな起伏はない。それどころか、「僕」を含めた登場人物の背景さえほとんど説明されず、日々のやりとりだけが描かれる。「僕」の来歴や、なぜ骨董屋に居候することになったのかなどは最後まで分からない。ただ、淡々とそれぞれの人生を生きていくことを肯定するような柔らかな空気がある。
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書きあぐねている人のための小説入門

保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」

著者の小説は、悲劇でもなければ喜劇でもない、日常描写のような場面が淡々と続き、それでいて読み終えると日々の風景の見え方が変わったような気がする不思議な手触りがある。

本書はタイトルだけを見ればハウツー本のようだが、小説の書き方というより、小説論といった内容。著者は小説とは何かを繰り返し問う。
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ジュライホテルのポーム

吉倉槇一「ジュライホテルのポーム」

自分は06年に初めてバンコクを訪れたので、ヤワラー(中華街)が日本人の溜まり場だった時代は知らない。90年代半ばを過ぎると、欧米人が先行して集まっていたカオサン通りに日本人バックパッカーも吸収され、ヤワラーに滞在する日本人は減った。

ヤワラーには楽宮大旅社、台北旅社といった有名な安宿が何軒かあったが、その中でも特に日本人旅行者に人気が高かったのがジュライホテルで、ポーム(ポンちゃん)はその象徴的な存在だったという。
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