安政五年の大脱走

五十嵐貴久「安政五年の大脱走」

断崖絶壁の山の上、天然の要塞に捉えられた南津和野藩士51人。武士の誇りや友情や恋やその他諸々をストレートに詰め込んだ娯楽時代小説。物語の核となる場面は穴を掘るだけだし、展開にひねりも無いけど、やたらと面白い。

午後の曳航

三島由紀夫「午後の曳航」

過剰な自意識から来る俗世間への憎悪。個人的には三島由紀夫はなかなか難しい。耽美的というのとも違うし、時代も感じる。それでも強烈な魅力と迫力があるのは、三島自身のアンバランスさ、精神的な未完成さが作品に染み出しているからだろうか。読んでいて、物語の筋以上に気持ちの悪いものが残る。

プロメテウスの罠1

朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実」

原発事故後、政府、自治体、住民の間で情報がいかに伝わらなかったのか。非常に読み応えのある優れた仕事だが、良くも悪くもドキュメンタリー的で、「なぜ」への答えが物足りない面も。SPEEDIがなぜ使われなかったのかと、避難区域設定を巡る経緯については必読。

検証「大震災」 伝えなければならないこと

毎日新聞震災検証取材班「検証『大震災』 伝えなければならないこと」

昨年4月から毎日新聞に掲載されたもの。テーマごとに分けられ、震災の検証・記録としてはかなり充実しているが、回によって質にばらつきもある。書籍化に際して初期のものはもっと加筆修正しても良かったかもしれない。ただリアルタイムの検証記事として、貴重な記録でもある。

ダンス・ダンス・ダンス

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

3部作や他の作品は何度か読み返してきたが、この作品はずいぶん久しぶり。

後日譚という自由さからか、登場人物のキャラ作りも含めて、愉悦的とも感じられるほど饒舌な語り口。

これ以前の作品で描かれたぼんやりとした喪失感は、はっきりと死という形で周りにあふれ出す。同時にこれまでディスコミットメントを徹底し、表面的には無感動だった主人公は現実への執着と焦燥感を見せる。
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乙女の密告

赤染晶子「乙女の密告」

大学を舞台に「乙女」の社会を少女漫画よりもさらに戯画的に描き、「アンネの日記」に重ね合わせる。テンポが良く、漫画的な唐突さも新鮮だったが、単純なアイデンティティーの問題に収斂させてしまうのはアンネ・フランク論としては表層的に過ぎるのでは。巧いとは思うけど。

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾、村上春樹「小澤征爾さんと、音楽について話をする」

クラシックにはそれほど詳しくないし、小澤征爾指揮の演奏を聴き込んでいるわけでもない。それでも、このインタビューにはかなり引き込まれた。

カラヤンやバーンスタインとの思い出から、マーラーへのこだわり、サイトウ・キネンでの活動、若い世代への指導……。生涯をかけてひとつの事に打ち込んできた人から出る魅力が言葉の端々に。
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江戸の本屋さん ―近世文化史の側面

今田洋三「江戸の本屋さん ―近世文化史の側面」

京都から始まった日本の出版産業。出版点数を見ると18世紀後半、天明から寛政にかけて一気に上方から江戸へと中心を移したことが分かる。ただ江戸期の書商はいずれも明治になると姿を消した。

文化の変遷は出版から見ると質、量とも非常に分かりやすい。紙メディアとともに出版業そのものが岐路に立つ今、改めてその文化的な役割を考えさせられる一冊。
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民俗のふるさと

宮本常一「民俗のふるさと」

日本列島のマチやムラ、人々の慣習がどう成り立ってきたのか。昭和39年、日本の人口が大きく流動し始め、都市住民の多くがまだ郷里を持っている時代に書かれた「ふるさと論」。民俗学の枠を超え、そのエネルギーを見つめ続けた世間師、宮本常一らしい社会・民衆史。

「…それが時にはわれわれの生活文化を停滞させることもあるが、誰に命令されなくても自分の生活を守り、発展させるためのエネルギーにもなる。ほんとの生産的なエネルギーというものは命令されて出て来るものではない」