僕らの歌舞伎: 先取り! 新・花形世代15人に聞く

葛西聖司「僕らの歌舞伎: 先取り! 新・花形世代15人に聞く」

次代の花形15人のインタビュー集。

松也、梅枝、歌昇、萬太郎、巳之助、壱太郎、新悟、右近、廣太郎、種之助、米吉、廣松、隼人、児太郎、橋之助。一人一人の人柄が滲むと同時に、誰に、いつ、どんな教えを受けたのかを具体的に聞いていて、芸の継承や人間関係が分かって興味深い。歌舞伎は家柄が重視されるが、同時に家柄だけで花咲くこともない厳しい世界。15人とも勉強熱心。
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池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08
日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集

鎌倉時代に成立したとされる「宇治拾遺物語」。煩悩を断ち切るために陰茎を断ち切った、という僧侶が貴族の家を訪れ、証拠として下半身を露出。主の命を受けた小僧が下半身の密林を探ると、刺激を受けたモノが巨大化して噓が露見。という話(「玉茎検知」)があって、高校生の頃に読んで度肝を抜かれたことを思い出す。
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温室/背信/家族の声

ハロルド・ピンター「温室/背信/家族の声」

ハロルド・ピンターの戯曲集。難解と言われる作家だが、「背信」は純粋にドラマとして引き込まれる。不倫する男と女、その夫。ほぼ三人芝居で、関係の終わりから始まりまでの場面を時間を遡って見せていく。その過程で、誰がどこまで知っていたのかが次第に明らかになり、人間関係のさまざまな“背信”が浮き彫りになる。

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消失/神様とその他の変種

ケラリーノ・サンドロヴィッチ「消失/神様とその他の変種」

ケラリーノ・サンドロヴィッチの戯曲2本。ちょっとずれたテンポの良い会話に引き込まれる。「消失」は兄弟愛を軸に“消えること”に対する哀愁が全編に満ちた作品。活字で読むと少し感傷的すぎるかもしれないが、生身の役者を思い浮かべながら読むと胸を打つ。「神様とその他の変種」は家族の話。ナンセンスな愛憎が入り乱れて要約不可能。笑いつつ、心が毛羽立つ。作家自身が書いているように別役実的な雰囲気。

現代口語訳 秋山記行

現代口語訳 「秋山記行」 (信濃古典読み物叢書8)

昔の人の旅行記を読むのは面白い。

「我々里の者は、さまざまな悩みを心身にため、欲望をほしいままにし、鳥や魚の肉を食べ散らし、悩みや悲しみで心を迷わして、日々暮らしている。これでは夏の虫が火に入り、流れの魚が餌にかかるように寿命を縮めるばかりである。少しでも暇を手にすると、私のように金銭欲や名誉欲に走り――」「できるなら、私もこの秋山に庵を結んで、中津川の清流で命の洗濯をしたい」

都市生活に疲れた現代人の嘆きのようなこの文章、いつ書かれたものだろうか。
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一日に一字学べば…

桐竹勘十郎「一日に一字学べば…」

桐竹勘十郎の芸は、人形に息を吹き込む、という表現が大げさではないことを教えてくれる。

14歳で入門して芸歴50年。修行の日々を振り返りつつ、文楽と人形への思いを語る。芸談というよりも、修行や仕事についての経験談となっており、文楽に興味のない人にも勧められる内容。好きであること、不安だから努力すること、自分で考えること。文楽の世界だけでなく、働くこと全般について考えさせられる。もちろん文楽の入門書としても優れた一冊。
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なぎさホテル

伊集院静「なぎさホテル」

作家としてデビューする前後の20代後半から30代にかけて「逗子なぎさホテル」で過ごした7年間を随筆風に綴った小説。妻と別れ、会社も辞めて借金にまみれ、宿泊費も満足に払えない若者を家族のように迎えてくれた支配人をはじめとする人々の温かさに、読んでいるこちらも心が安らぐ。この期間の重要な部分を占めただろう夏目雅子との日々についてはほとんど触れられていないが、これは著者の哲学によるものだろう。
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運命の子 トリソミー

松永正訓 「運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語」

悲しみや苦しみは幸せの対義語と考えてしまいがちだが、それは比べられるものではなく、悲しみや苦しみと同時に幸せは存在しうるということを思わされた。喜びとつらさのどちらが大きいかという比較も意味がない。
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鳩どもの家

中上健次「鳩どもの家」

中上健次の初期作3本。薬でラリった予備校生の無為な日々を綴る「灰色のコカコーラ」は、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を連想させるが、村上龍が中上のこの作品の影響を受けたようだ。

こうした初期の作品から路地を舞台にした一連の作品群へと達したのが不思議なような気もする一方、最後の「五錠は母のため、後の五錠は兄のため、姉のためにも三錠――」とドローランを飲む場面からは、やはり中上は最初から書くべきものを持っていた作家という印象を受ける。
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