投稿日: 2014-09-242017-02-09女形の事 六代目尾上梅幸「女形の事」 明治~昭和初期の名女形、六代目尾上梅幸の芸談。なで肩に見せる工夫など、秘伝の一部を明かしていて、素人が読んでも結構面白い。脱いだ下駄が大きくては変だから、足がはみ出すような小さい下駄を無理矢理履いて、歩くときは着物の裾で隠しておく……など、数え切れないほどの工夫の上に歌舞伎の女形が立っていることが分かる。そして何より、女形である以上、日常から男の前では食事も後ろを向いてする、などの心がけの数々。芸の道に生きるとはどういうことか伝わってくる。
投稿日: 2014-09-022017-02-09人間小唄 町田康「人間小唄」 ある作家を壊そうと誘拐し……という話だが、要約すれば無意味になってしまうほど不条理なストーリー。これまでの作品のナンセンスを突き抜けて、何が書きたいのか全く分からない。でも、怒りのような感情だけが伝わってくる。投げやりなのか、計算された構造なのかも判断できないが、傑作長編「告白」の次を伺わせるインパクトがある。
投稿日: 2014-09-012017-02-15昭和天皇の終戦史 吉田裕「昭和天皇の終戦史」 国体=天皇制を維持するために人々がどう動いたのか。米国の利益と宮中の利益の間で展開される工作はスリリングで、読み物としても引き込まれる。戦争責任、という問いの立て方は不毛な議論に陥ってしまうが、著者はそれを避けつつ、主戦論者だけでなく、理性的な平和主義者の顔をした「穏健派」も告発する。
投稿日: 2014-08-212017-02-15昭和天皇独白録 「昭和天皇独白録」 今さら専門外の身で語ることが憚られるような有名な史料だが、昭和天皇自身の戦争史観や人物評が伺えて大変面白い。この記録からは、あの時代において内外の情勢をしっかり把握しようという意思を持つ理性的な君主という印象を受ける。終戦後の聞き書きということもあって、正確な記録というよりは、開戦やポツダム宣言の受け入れなどを自分なりにどう納得しているかが分かって興味深い。ただこの独白録自体が政治的意図を持っていた可能性もあり、正確な評価は難しい。
投稿日: 2014-08-202017-02-10炎の人 三好十郎「炎の人」 炎の人、ゴッホ。その評伝劇というより、むしろ讃歌。ストレートな言葉の数々が美しい。ゴッホと三好十郎自身の姿がだぶるが、さらにこの戯曲中のゴッホには、人類のかけがえのない滑稽さのようなものが重なって見える。貧しい中でも、先が見えなくても、必死で何かを生み出そうとする人間の営みに対する力強い讃歌といえる作品。
投稿日: 2014-08-182017-02-10疑惑 松本清張「疑惑」 保険金殺人の容疑者の悪女っぷりを紙面で書きたてた記者が、無罪判決が濃厚になる中で、復讐を恐れて追い込まれていく。推理小説というほどの仕掛けは無いが、ストーリーテリングの見事さで最後の一行まで緊張感が漂う。 併録の「不運な名前」は藤田組贋札事件についての歴史もの。小説の形をとっているが、薩長の対立や贋造技術についての考察が延々と続くマニアックな作品。「疑惑」と“悪そうな名前を持ったせいで犯人扱い”という共通点があるが、ジャンルとしては松本清張の両極ともいえるほど別の作品で、不思議な組み合わせ。
投稿日: 2014-08-132017-02-10能を考える 山折哲雄「能を考える」 山折哲雄による能についての随筆集。気付いたことや想像、仮説を綴っているシンプルな内容だが、興味深い視点が多く、考えるヒントがたくさん。仏像と神像の顔つきの違いと「翁」の関係や、世阿弥の息子、元雅についての考察など、能楽や個々の謡曲に対する理解が深まる。特に「弱法師」についての話題は、説経節、浄瑠璃から折口信夫、三島由紀夫へと広がり、芸能の根源に迫っていてスリリング。
投稿日: 2014-08-102017-02-10バレエ入門 三浦雅士「バレエ入門」 バレエ入門といっても、技術的な話ではなく、その歴史と思想についての本。イタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで成人したというバレエの歴史から、ピナ・バウシュや勅使川原三郎といった現代のダンサーまで。舞踊は、文字や絵、楽譜として作品が残らないため語られることが少ないが、コスモロジーを表現しようとする最も根源的な人の営みと言える。バレエを通じて、ロマネスク、ゴシック、バロック、ロココといった時代の、音楽や建築、絵画、文学など西洋芸術史全般の理解が深まる一冊。
投稿日: 2014-08-082017-02-10千のナイフ、千の目 蜷川幸雄「千のナイフ、千の目」 自伝とエッセイ。蜷川幸雄の仕事は現代の「演出家」という枠を超え、芸術のジャンルが細分化される前の、非日常の空間を提示するという原点に迫るスケールの大きさを感じる。だからこそ、そのフィールドは商業演劇でなくてはならなかったのだろう。五十代のころの文章だが、きっと今もその芯はほとんど変わっていない。80歳を目前になお新しい空間を生み出し続ける、その創造力が何に支えられているのか、なんとなくわかった気がする。
投稿日: 2014-08-042017-02-10楽園のカンヴァス 原田マハ「楽園のカンヴァス」 アンリ・ルソーの絵画の真贋鑑定を巡る美術ミステリー。同時にルソーの評伝でもあり、二十世紀初頭の美術界を描いた人間ドラマでもあり、ルソーと現代のキュレーターの二重のラブストーリーでもある。大胆な虚構の痛快さと、現実に通じる知的興奮を兼ね備えたエンタメ作品。期待以上の面白さ。