笑う月

安部公房「笑う月」

夢のスケッチ。小説とエッセイという違いはあれ、同じ夢でも漱石の「夢十夜」や百閒の「冥途」とは随分雰囲気が異なる。夢を現実の言葉と理性で語ろうとした安部公房の洞察とユーモア。ただの不条理文学ではない公房の創作スタイルがよく分かる一冊。

“当然だろう、弱者への愛には、いつだって殺意が込められている”

陽だまりの彼女

越谷オサム「陽だまりの彼女」

中盤までは妄想を書き連ねたかのような、鳥肌が立つほど甘々の恋愛小説。正直きつい。ファンタジーな最後も今時珍しいくらいベタベタ。それでも、なんだかんだで最後まで一気に読んで、ほんわかとした気分になってしまうあたりが我ながら照れくさい。

タイトルも、オチを知った後で見ると素敵だなと思う。

荒野へ

ジョン・クラカワー「荒野へ」

アラスカで餓死した青年。彼はなぜ荒野を目指したのか―。映画「Into the Wild」の原作ノンフィクション。

究極の自由は自分からの自由にしか存在しない。
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アサッテの人

諏訪哲史「アサッテの人」

アサッテの方を向いた言動を繰り返す叔父。意味から逃げようとし、それが結局、定型化して意味に絡み取られてしまう。

こう書いてしまえば新しさは無いが、作中の細かなエピソードに魅力があるし、完成度は非常に高い。この小説自体が様式化への抵抗でありながら、どこか既視感があるものになっている。意味から逃げることの不可能性を、著者が意識したかは分からないが体現している。

東西不思議物語

澁澤龍彦「東西不思議物語」

妖怪、幽霊、魔術……西洋にこんな話がある、日本にも似たような話がある……と、東西の怪異譚を引きながら、イメージの差異や共通性を軽妙な語り口で紹介していく。

澁澤龍彦らしい衒学的な香りにどっぷりと浸かれる一冊。博識ぶりに驚くとともに、つまみ食い的な物足りなさも。

土の中の子供

中村文則「土の中の子供」

親に捨てられ、虐待された子供は長じて自ら恐怖を求めるようになった。

ストレートな純文学だが、文章は大変読みやすい。ふとした瞬間の自己破壊の衝動や、社会から逃げ出したい焦燥感は他人事とは思えない切迫感がある。ただ併録の「蜘蛛の声」も含め、どこか既視感もある。

宇宙は本当にひとつなのか ―最新宇宙論入門

村山斉「宇宙は本当にひとつなのか ―最新宇宙論入門」

暗黒物質とは。異次元とは。宇宙の何が分かっていて、何が謎なのか。非常に分かりやすく読みやすい一冊。

知識は無いけど、時々この手の本が無性に読みたくなる。著者の「宇宙の研究をしているととても謙虚な気持ちになります」との言葉通り、スケールの大きさに日常の些事がどうでも良くなる。精神安定剤にも。

色川武大「百」

家族との微妙な距離感を描いた短編集。「百」と「永日」は父との、「連笑」は弟との関係、「ぼくの猿 ぼくの猫」にはナルコレプシーで著者が生涯悩まされた幻覚が綴られる。博徒・阿佐田哲也としての無頼のイメージからは遠い、静かで誠実な私小説。

自分に、ここまで真っすぐ自らを見つめることができるだろうか。
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東京大学のアルバート・アイラー ―東大ジャズ講義録

菊地成孔、大谷能生「東京大学のアルバート・アイラー ―東大ジャズ講義録」歴史編&キーワード編

講義録だが、むちゃくちゃ面白い。音源を次から次へと紹介しながら、軽妙な語り口で菊地・大谷史観とも言うべきジャズの歴史を編んでいく。これまで何となく聞いていたジャズが高度な記号性や論理を有し、それが商業性の中でどう変化してきたかがよく分かる。
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